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千人伝

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様々な人の評伝「千人伝」シリーズのまとめマガジン
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記事一覧

「千人伝(二百八十六人目~二百九十人目)」

※今回は「架空書籍シリーズ」から題材を採りました。 二百八十六人目 人形 人形は人形師を鍛えるために人形の振りをしている人間であったのだが、人形になり切っている時間が長すぎたために人形と変わりないものになってしまった。人形師たちは人形が人間から人形へと変わってしまっていることに気付かず、師と仰ぎ続けた。人形は人形師たちに人形を操ること以外を考えさせないようにした。人形は人形師たちを操って人形を操らせ、操った人形で人形師たちに食事を食べさせた。 人形が人間をやめていたこと

千人伝(二百八十一人目~二百八十五人目)

※今回は「人間椅子の楽曲から縛り」となっています。 二百八十一人目 芋虫 芋虫は這い上っていた。自らの内からの衝動に従って、登る必要などない坂道を這い上がっていた。薄くなった腹の皮膚の表面で白くて長いものが蠢いていた。俺はこいつに、と芋虫は腹の中の何かについて考えた。俺はこいつに促されて動いているだけだ。この坂道の向こうには目指すべきものなど何もないのに。家族もいなくなった。友人も消えた。恋人などいたこともなかった。この坂道の頂上にあるのはきっと、ぶくぶくと太って蠢くだけ

千人伝(二百七十六人目~二百八十人目)

※前回が「書き続ける作家縛り」だったので、今回は「読書家」縛りです。 二百七十六人目 読書家サイボーグボグ村 ボグ村は読書家でもありサイボーグでもあったので、電子書籍も紙の本も同時に読んだ。サイボーグたちは眠る必要がなく、時間を持て余しがちだったため、読書家になるものが多かった。際限なき知識欲でデータを更新していくと、新たな部品が体内で生成されていくのだった。 ボグ村は二万年生きて壊れた。ぼろぼろになった最後の部品の一つは、本の続きをめくる形で停止していた。 二百七十

千人伝(二百七十一人目~二百七十五人目)

※添えた画像は全てAIによる生成物です。 二百七十一人目 書き続ける作家鮫村 鮫村は鮫に襲われながらも小説の執筆を続けたことで知られるようになった。書いていたのはパニック物でもホラーでもなかった。そもそも歩きながら書いている最中にいつの間にか海辺に来ていたので、海も鮫も目には入っていなかった。 鮫に原稿を食いちぎられたところでようやく我に返った鮫村は、即座に鮫を殴り倒して原稿を取り返した。濡れて滲んだ原稿を再生して出版されたその本は話題にはなったが、内容はいつもの鮫村の

千人伝(二百六十六人目~二百七十人目)

二百六十六人目 緑鬼 みどりおに、は木々に囲まれた森の中で暮らすうちに緑色に染まっていった人であった。巨漢であったために、人と思われず緑の鬼と勘違いされてしまい、本人もそのまま人から離れて暮らし続けた。 緑鬼は森の中にあるものを食べて過ごした。森に迷って行き倒れた人間がいたら、自分と同じように緑色に染まるのではないかと、しばらく一緒に暮らしたりしたが、誰も緑鬼のようにはなれずに去っていった。 森が焼かれてしまった時、緑鬼は焼け焦げた木々に合わせて黒く染まった。すぐに緑色

千人伝(二百六十一人目~二百六十五人目)

二百六十一人目 石弦 いしづる、とも、せきげん、とも呼ばれる、弦楽器に張る弦のようになるまで、石を削って作る楽器がある。その演者であった。いしづる、と、せきげん、という二人組であったが、混同して一人と思われることが多かった。 その特殊な製法により、一個の石弦を完成させるためには数十年の月日を要した。弦が一本切れてもその修復に数年かかってしまう。繊細な演奏力を必要とするため、石弦と石弦の二人は何も壊さないように、常に何かに触れるか触れないかの距離で過ごした。愛情の交歓もその

千人伝(二百五十六人目~二百六十人目)

二百五十六人目 トースター トースターは毎日焼いたパンを食べ続けた末に、トースターを名乗り始めた。周囲には唐揚げやらフライパンやら名乗る奴らもいた。トースターは電気代を節約するために、自らの熱で食パンを焼くことを覚えた。かなりの高熱を発することで、キツネ色に食パンを焦がすことができるようになっていた。 しかしその熱量は日常生活には不便をもたらした。手を繋ぐことができなくなったので恋人には逃げられた。書類はすぐに焼けた。キーボードのアルファベット表示が焼けて見えなくなってし

千人伝(二百五十一人目~二百五十五人目)

二百五十一人目 用事 用事はいつも用事を忘れてしまっていた。役所に行くたびに忘れてしまうのだった。病を経て、生活状況が変わり、たびたび役所へ赴かなければいけなかった。そのついでに、役所へ提出する書類の一つを出そうと考えていたのだが、別の用事を済ませすると、いつもそのことを忘れてしまうのだった。 用事は常時酷い耳鳴りに悩まされており、特に静かで閉鎖された空間において、耳鳴りは彼を圧し潰した。役所に行くたびに、ついでの用事を忘れてしまうのは、一刻も早くその場所から逃げ出したい

千人伝(二百四十六人目~二百五十人目)

二百四十六人目 ゴーストタウン ゴーストタウンはゴーストタウンに生まれた。人のいない街だった。かつての人の名残もほとんど消え失せた街だった。ゴーストタウンに迷い込んだゴーストタウンの親は、ゴーストタウンを産み落とすと同時に亡くなってしまっていた。ゴーストタウンが物心つく頃には風化してしまっていた。 ゴーストタウンを育てたのは街のゴーストたちだった。ゴーストタウンには多数のゴーストが住み着いていた。かつての住人やペットのゴーストもいれば、街そのもののゴーストもいた。ゴースト

千人伝(二百四十一人目~二百四十五人目)

二百四十一人目 ヘヴィメタル拾い 重いギターリフが繰り返されるヘヴィメタルが、長距離トラックからこぼれ落ちると結晶化する。ヘヴィメタル拾いはそれらを拾い集めて生計を立てていた。 シティポップ拾いに転向したかつての親友が、小銭しか稼げないヘヴィメタル拾いを眺めて呆れていた。ヘヴィメタルを鳴らしながら走るドライバーも年々減っていた。 売り払わなかった結晶の一つを家に持ち帰ると、「またそんな物を」と言いながらも、ヘヴィメタル拾いの妻は嬉しそうな顔をした。 二百四十二人目 オ

千人伝(二百二十一人目〜二百二十五人目)※入院中反映

二百二十一人目 脳脊髄液減少症 脳脊髄液減少症は、脳を浮かべる脊髄液が減ってしまっていたため、骨に脳が当たるなどして、激しい頭痛やめまいや吐き気などを起こし続けていた。液が漏れて減ってしまった原因は不明であった。縦の動きが辛いため、しゃがんだり立ち上がったりを繰り返すと、まともに立っていられないくらいの頭痛に襲われた。 脳脊髄液減少症はどのような頭痛薬も効かなくなった際に病院を訪ね、即入院となった。頭をなるべく持ち上げないようにして安静を命じられた。脳脊髄液減少症は本を読

千人伝(二百三十六人目〜二百四十人目)

二百三十六人目 捜索 捜索の趣味は捜索であった。行方知れずとなった人や物を捜索しては見つけていった。見つける人や物を見つけ尽くした後は、捜索対象を創作した。架空の行方不明者の詳細なプロフィールを作り上げた。ありもしない失せ物を完成させた。 捜索の創作した創作物の完成度があまりに高かったため、実在するのと変わらなくなってしまった。捜索より先にそれらを発見してしまう者まで現れた。 捜索は他の者に自分の創作した捜索対象を捜索されまいと、創作ペースをあげた。しかし創作活動が忙し

千人伝(二百三十一人目〜二百三十五人目)

二百三十一人目 外界 外界は外界を認めなかった。病院で生まれ育ち、外に出たことのなかった外界は、窓から見える外の景色を現実だとは言いたくなかった。ある日、陽の光が眩しいからと、自分の視点より下の窓を紙で塞いだ。本当は外で動く健常な人間の姿を見たくなかったためだった。  外界が外の景色に触れなくなってから、病院に入院する患者は増えた。外では戦争だとか爆撃だとかテロだとかがこれまでにない頻度で起こっているらしかった。病院の中は安全だったので、外界は外に出られない病の持ち主では

千人伝(二百二十六人目〜二百三十人目)

※入院治療中のため、サポート絶賛受け付けています。 二百二十六人目 病院怪談 病院怪談は怪談を人に聞かせることで生計を立てている怪談師であった。ふとしたことから入院するはめになり、この機会に病院での怖い話を集めようと思い立った。 しかし看護婦に聞き取りをしても「ありません」「知りません」の一点張りで、めぼしい話は集まらなかった。病院怪談は看護師たちは何かを隠しているのに違いないと考え、夜中にこっそりと病室を抜け出して病棟内を探索することにした。地面を這うように移動して、