「殺され屋が殺し屋に殺されない方法を殺し屋に教えてもらう話」#シロクマ文芸部
※人に恨まれる自覚なく狙われる「殺され屋」シリーズ第四弾です。マガジンにまとめてみました。単体で読んでも問題ありません。
逃げる夢を見ていた。逃げ続ける夢を。無我夢中で足を動かしていた。しかし激痛とともに走れなくなり、目が覚めた。見知らぬ男が私を見下ろしてこちらに銃を向けていた。
「まず動けなくする」そう言って男はもう片方の足をサイレンサーつきの銃で撃った。音が静かであっても痛みは本物だ。逃げるために足を動かすことができなくなった。
「中には防弾チョッキをつけて寝ている用心深いやつもいる。それに即死させるのが目的ではない。反省の言葉を引き出さないといけない。死ぬほどの苦痛を与えてから死なせないといけない」
もがき苦しむ私の腕を踏みつけ、手のひらに銃弾を撃ち込んだ。もう片方も同じように。
殺し屋に狙われ慣れてきたと油断していた。問答無用で撃ってくる相手に対して、のらりくらりと詭弁を弄してかわすことはできそうにない。前回の殺し屋から頂戴した銃を握ることもできそうにない。「つけいる隙のないシリアスな殺し屋」がいるなんて聞いていない。
「誰に依頼された?」
「教える必要はない」
どうにか絞り出せた言葉にも冷たい反応しか返ってこなかった。絶体絶命のピンチを乗り切るための秘策を思いつかないといけないのに、手足の痛みで頭が回らない。誰かに助けを求めないと。
*
「……というわけで、主人公のピンチを救う秘策を教えてもらいたんだ」と、私は「殺し屋ですが」と言いつつ現れた殺し屋さんを部屋に招き入れ、書きかけの小説を見せて指南を頼んでみた。
「状況が見えないんですが」
彼はまだ少年のような幼さを残していた。道ですれ違えば、私を狙ってやってきた殺し屋だなんて思わないだろう。しかし私は彼が構える銃を見た瞬間に「ちょうどよかった!」と実際の殺し屋に絶体絶命のピンチを救う手段を聞く機会を得られた、と喜んだ。
「ごめんごめん説明不足だったね。今、殺し屋に狙われる男の小説を書きかけてたんだ。ちなみに狙われている男のモデルは私自身ね。無言でバスバス撃ってくる殺し屋が一番怖いなあと思って、寝込みを襲われてみたんだ。書いているうちにどうにか形勢逆転するいいアイデアが浮かんでくるかと思ったら、何も浮かばなくなっちゃって。こういうのはやっぱり専門家に相談するべきかなと思ったら、タイミングよく殺し屋のあなたが来てくれたってわけ。お茶飲む?」
殺し屋さんは呆れ果てた顔で私を見ている。
「失礼ですがお名前は、『殺し屋さん』だと何だか物騒で呼びにくいし」
「秋山……じゃなくて、デストラーデで」
「なるほど『死を交換する』みたいな異名かな? それともうっかり本名の『秋山』を口走っちゃったので、秋山繋がりで西武ライオンズ黄金時代の助っ人『デストラーデ』と名乗った流れかな、秋山君。昔の選手の名前がスッと出るところを見ると、好きな事柄についてはとことん調べていくタイプと見た」
「言わなくていいことを言っちゃうタイプって昔からよく言われません?」
「で、このピンチを切り抜ける方法なんだけど」と、スマホの画面を再び秋山君に見せる。
「夢オチってのはどうですか」
「私はため息をついて首を振った。そもそも何かから逃げる夢から始めているのに、さらに夢をかぶせるなんてセンスの欠片もない。そもそも私は専門家としての意見を聞きたいのである。反撃の立ち回り、常人では思いつかない秘策、そういったものを殺し屋に求めているというのに、出てきた言葉が『夢オチ』では話にならない。あれ、どうした、秋山君が傷ついた表情で私を見ている」
「あなたの言葉の一言一句全てに傷ついているんですよ、全部言っちゃってますからね」
それはすまない、と私は心の中で謝って、秋山君の頭を撫で撫でしたが、振り払われた。
「それで秋山君はいくつかな」
「二十歳です。どうして年齢を聞くんですか」
「どこまでの描写が許されるかの確認だよ」
「何も許しませんからね!」
「銃を隠し持ってるんですよね。それを活かすしかないんじゃないですか」
「そうそう、でもどこに置いたか忘れちゃってね。そこら辺に投げ出しておくわけにもいかないし、冷蔵庫に入れたら不具合起きそうだし、枕の下に入れたら眠れなくなったし」
秋山君は小説の中の銃の話をしているのに、私は現実の銃の話をしてしまっている。幸い秋山君は気がついてないようだ。あと隠し場所を思い出した。腰のベルトに挟んでいた。いつでも取り出せるしいつ狙われても大丈夫だ。でもシャツをめくりあげている間にバレてしまうかもしれない。不自然じゃないタイミングでシャツを脱がないといけない。
「ちょっとシャワー浴びてきていいかな」
「僕はあなたを殺しにきてるんですが」
「じゃあちょっと滝に打たれてきていいかな。そう言ってさりげなく私は近所のコンビニの中にある滝に打たれるために、外へ逃れた。秋山っちは人が良すぎて殺し屋に向いてない」
「行かせませんよ! 『近所のコンビニの滝』って何ですか、秋山っち呼びもやめてください!」
秋山君はぷるぷる震えながら銃口を私に向けて、滝修行を止めてくれた。
「滝に打たれるにはもう寒い季節だもんね。お気遣いありがとう」
そういうわけじゃないんですが、と言って秋山君は再び私のスマホを覗き込む。二人して腰を落ち着けてお茶を飲んだ。しまった、また毒を入れるの忘れてた。毒なんて持ってなかった。
「外部から助けてくれる人はいないんですか?」
「以前毒殺で私を殺そうとした人が、『あなたは殺さない方が金になるかもしれない』と言って、私の部屋に監視カメラをつけてくれた。この間、ごく自然なやり方で遠隔操作爆弾を仕掛けてたよ。おかげで私のピンチに別の殺し屋さんの頭上で爆弾を爆発させてくれて助かったんだ」
「という小説の話ですか?」
「いや、現実。この間来た殺し屋さんに狙われた時の話」
秋山君は突如挙動不審になり、辺りを見回し始めた。
「ここは大丈夫だよ。『住居を変えたら逐一私に報告するように』って彼女に言われてたこと、完全に忘れてたから。一人で生きていると思い出せないことも、誰かと関わると思い出すことがあるんだね」
「大事なことの優先順位とか考えて生きてます?」
「ストレスを貯めないことかな。嫌なことは考えない。嫌いな人を作らない。マイナス方向に思考が向かいそうになったら、頭の中で好きな音楽を流す」
「その結果、『人の話を聞かない』『他人の気持ちを理解しない』みたいな副作用も出てません?」
「で、いい解決策思いついた?」
「そういうところ!」
「もういいです」そう言うと秋山君は銃を投げ出した。
「それ、モデルガンなんです。僕の演技はどうでしたか? 本物の殺し屋っぽく見えましたか?」
「どういうこと?」
「さっき話に出た、あなたを利用して金を稼ぎたい殺し屋さんに、あなたを探すよう依頼されてたんですよ。僕は殺し屋ではなく、役者兼探偵です。『殺し屋です』と名乗っても平気で部屋に通すようないかれた男、という特徴を頼りに探してました」
「全部分かってたし。気付いてたし」私はシャツをめくりあげてベルトから拳銃を引き抜いて冷蔵庫に入れた。
「何してんですか! 動揺しすぎですよ!」
「えっと、カブレラ君だっけ。つまり君は殺し屋ではないんだね」そう言いながら私は冷蔵庫から拳銃を取り出して、冷凍庫に入れ直した。カブレラ君がすぐに取り出してくれた。
「秋山です。こっちは本物の拳銃なんだから大切に扱ってください」
「じゃあ、この書きかけの小説の結末、どうしてくれるんだ! せっかく殺し屋に殺され屋が殺されずに済む方法を殺し屋に教えてもらおうと思ったのに!」
秋山君は何かを諦めた顔で私を見ていた。
秋山君は「念のためらしいです」と言って、私の部屋に監視カメラと盗聴器をしかけて帰っていった。毒殺の殺し屋さんと連絡を取ると怒られた。
「引っ越し先教えてって言っといたよね」
「ハグしなかったから記憶が定着しなくてね」
「探偵君に変なことしてないよね」
「最終的に『たまたま通りかかった宇宙人が殺し屋をキャトルミューティーションして、主人公の怪我も治してくれた』に落ち着いた」
「何の話?」
そうして平穏な一日がストレスもなく過ぎていった。
(了)
シロクマ文芸部「逃げる夢」に参加しました。
小池一夫「キャラクター創造論」を読んで、登場人物と登場人物との関わりから物語は展開していくのだな、などと考えたりしています。
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