見出し画像

音楽随筆集「花吹雪」THE YELLOW MONKEY

 昨晩、めまいを起こした妻が、昼食後に眠り込んでいる。アイマスク代わりのタオルを顔にかぶせる。昨晩から復帰予定だった夜勤の仕事へ行けなかった妻を、せめていたわるために枕と毛布と。それから無償の愛情と。

 病を経て現場復帰の道が見出だせず、収入の途絶えそうな私を慰めるために、妻が提案したのは「現在研修期間中の夜勤勤めを、週4から週5勤務へ、6時間勤務から8時間勤務への変更」というものだった。

 不登校中の娘の相談と、今後の生活相談を兼ねたソーシャルワーカーとの話し合いの場があった。学校関連と、生活関連でそれぞれ別の方と、妻と私で小学校の一室を借りて相談した。傷病手当の申請や、私が妻の扶養に入ることなどを提案された。妻の給料日の4月15日まで手持ちのお金が繋がるか、という話と、繋がらない、という話も。

 私が在宅で収入源を確保する道を模索して、妻の夜勤での給料にプラスして、どうにか生活していく、のが一つの方向としてある。娘が不登校中であり、息子もこの春から小学校に入学するが、給食が始まるまでは午前保育である。妻の勤務時間が朝の8時までに伸びれば、以前のように私が朝8時からフルタイムで出勤するような就労状況は難しくなる。

 思えば私の入院中の3週間、妻が疲れていないはずはなかったのだ。
「毎日泣いてただろう、すまなかった」
 そう私が軽口を言うと、
「残念、全く泣いてませんでした」と応えつつ「でも、不安だった」と妻は言った。

 私の退院から1週間が経ち、ソーシャルワーカーさんとの話し合いも経て、一息ついたところで疲れが出たのだろう。一晩休むとめまいは消えたというが、今後は分からない。また具合が悪くなれば病院に行くという。

 ドラゴンボールごっこに夢中の息子のために、「ドラゴンボール超」を少しずつ見始めた。OP曲を吉井和哉が歌っていたので、私はイエモンの曲が聴きたくなり、「花吹雪」で立ち止まる。「病い」やら「めまい」やらも歌詞にある。

 桜の咲く頃に状況が好転しているかは分からない。私は別アカウントを作成して、そこでひたすら文を書いて小銭を得られないかと考えている。昔名乗った「楢山孝介」という名は、当時書いていた小説の中で「本能的に創作をやり続ける人」という設定の人物でもあった。彼の名前を使って1000文字前後の記事を、一日3編投稿する。100円の有料記事で。数撃って模索しながら、幻想小説、エッセイ、私小説、詩、短歌、逆SEO記事、ギャグ、などなど、書き続ける。病気が再発して酷くなり、寝たきり状態という最悪な状況になっても続けられる。

 また、入院記録、童話「首がもげたキリン」、「千人伝」シリーズ、「音楽小説集から歌詞の引用をなくした形の抜粋エッセイ集」といったもののKindle出版を考えている。身体を使う仕事が出来ず、都合の良い時間帯の事務職などが、この年齢で見つかるとは甘く考えていない。

 家族の誰かが倒れたら、その人が快復したとしても、その間に負担のかかっていた誰かが倒れることもある。そんな当たり前のことに気付いてなかった。

 桜吹雪の下を妻と手を繋いで歩く。それが過去の思い出の映像だけになってしまわないように。ここまで生きた。ここからも生きる。ここまで書いた。ここからも書く。

(了)



入院費用にあてさせていただきます。