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吉村萬壱「死者にこそふさわしいその場所」

短編連作集。

「苦悩プレイ」
「美しい二人」
「堆肥男」
「絶起女と精神病苑エッキス」
「カカリュードの泥溜り」
「死者にこそふさわしいその場所」

「堆肥男」とか「泥溜り」など、吉村萬壱ファンにすればそれだけで肋骨がピクピク動くような言葉が題名に見られる。

「クチュクチュバーン」で文學界新人賞を受賞した瞬間から、題名に釣られて吉村萬壱ファンとなって二十年以上になる。近頃何かと二十年前ぐらいの記憶が蘇る。まだ高校時代の友人などとも付き合いの合った頃で、頻繁に彼らが夢に登場してくる。あの頃の友人たちのその後の消息はほとんど知らないが、あの頃好きになった作家がまだ活躍してくれているのを見ると嬉しくなる。自分のことは棚にあげておく。

「祭りの際に使われる人型の護符が街のあちこちに貼り付いている、呪われたような街に住む、行き詰まっているような人たちの群像劇」とでもいおうか。
「美しい二人」に出てくる老夫婦は、かつて若者だった頃、夜な夜な裸で踊り狂い、街の住人を狂おしいほどに魅了していた。老人となった彼らは若い頃を思い出したかのようにまたひっそりと老体を晒して踊り狂っている。
「カカリュードの泥溜り」では、宗教者である主人公の中年が、浮浪者の世話をしながら、彼らの奴隷のような生活を送り、虐げられ痛めつけられて、恍惚に至る。彼らを救おうとしながら、彼らは救いの手に甘えてより自堕落に堕ちていき、彼らを救おうとする側も、彼らを救おうとしていることに酔いしれていく。
「絶起女と精神病苑エッキス」では、精神病院を装ったサロンに、自覚のない狂人である主人公がアルバイトとして送り込まれる。
どこにも真っ当な人間などいない。誰も真っ当な人間になどなれない。

「彼ら、下手糞でしょ。時々、恥ずかしくなるわ。だからミユみたいなお手本が必要なの」
「どうしてそんなことをしてるんですか?」
「何言ってんの、ミユみたいに本当に頭がおかしくなってからじゃ遅いでしょ。だから予め耐性を付けて慣れっこになっておくのよ。自らすすんで狂気に飛び込むことで狂気そのものを克服するの」(「絶起女と精神病苑エッキス」より)


「この作家が書き続けている限り、本を読むことを止めることはないだろう」という作家が何人かいる。吉村萬壱もその一人。



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