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「かつて夜空に月は12個浮かんでいた」#シロクマ文芸部

 月めくり式カレンダーをめくると12月が現れた。幼い頃の私は疑問を何でも父にぶつけたものだ。
「パパ、どうして月は12月までなの?」
「昔は月が12個あったんだよ」と父は答えた。
 父の語った話を要約するとこんな感じだ。

 始めに月を壊したのは狼人間たちだ。狼に変身することを止めたくて、月を壊すロケットを作った。しかし一つしか月は壊せず、その代償として狼人間たちの作り上げた文明は天変地異で崩壊した。

 月が11個になった世界を次に支配したのは吸血鬼たちだった。強大になりすぎた一人の吸血鬼が、力を見せつけるために月を一つ噛み砕いた。しかしその月の中には吸血鬼には致死性のウィルスが潜んでいたため、彼らは絶滅した。

 その後恐竜の世になったが、月が一つ落ちてきて彼らも滅びた。

 今の人類よりずっと進歩した科学力を持った者たちが、月を利用した戦争を始めた際には、一気に4つの月が失われたこともあるそうだ。もちろん彼らも滅んだ。

 昔々いろいろあって、こうして今夜空に見える月は1つだけになってしまった。だけど、かつて滅んだとされる種族も、ごくごく僅かながら細々と生き延びていて、伝説の類いや妖怪、UFO目撃情報などとしてその姿を伝えてくる。彼らは「月を壊してはいけない」と伝えたがっているのだが、結局誰もが最終的には月を壊してしまうことになるのだと知ってもいる。どうにかカレンダーにだけ、かつて12個あった月の名残を押し留めているに過ぎない。

 もちろん私は父の言葉をまるごと信じたわけではなかった。大体恐竜は無実じゃないか。その説を信じるならば、私たちも遠くない未来に滅びることになるわけだし。

 私が幼い頃にはまだ肉眼で見えていた、2つ目の月の寿命がもうすぐ尽きる。増えすぎた地球の人口問題と、食料問題を同時に解決する策として、月は人工的に穀物化された。じゃがいもに似ているからという理由で、巨大なじゃがいもと化した2つ目の月の味には、全人類が食べ飽きてはいたが、飢えからは解放された。

 当初の予想よりも早く月は消費されていったが、「まだ1つ、月は残っている。数十年は耐えられる」と科学者たちは楽観視している。「同じくらいの体積を持つ隕石を衛星化する計画も順調に進んでいる」とも。

 いずれにしろ、終末を先延ばしにするだけの計画に過ぎない。父の話が本当ならば「まだ月は残っているから大丈夫」は死亡フラグなのだ。2つ目の月を消費し尽くした時に、これまで滅んでいった種族同様に、私たちにも災厄が訪れるのかもしれない。私たちが滅んだ後、残された最後の月を、次の何者かたちは大切にしてくれるだろうか。外宇宙に逃げ出す案は、これまで誰もが諦めてしまった。数億年後の確実な滅亡には目をつぶり、数十年の安泰を選んできた。

 今はもういない父の話を思い出した翌月、幼い息子がこう言った。
「パパ、カレンダー変わってないよ。めくらなきゃ」
「12月が終わったから、もうそのカレンダーはおしまいだよ」
「でも」息子は戸惑っている。
「13月が出てきたよ、パパ」
 めくる必要のなかった12月のカレンダーをめくると、本来あるはずのない、13月が現れたようだ。
「かつて滅んだ種族だけが過ごせる1ヶ月間を描いた、『最期の月』という話がある」
「おじいちゃんが描いた絵本だね」
 12個の月の話を私に吹き込んだ絵本作家の父は、先月亡くなった。
「親父のイタズラだろう」
 しかし13月の始まりは、世界で同時に起こっていることらしく、様々なニュースが流れてきた。狼男やら吸血鬼やら宇宙人風の奴やら恐竜の復活まで。

 父の話を思い出しながら、私は気付く。それらの過去の王者たちは現代に甦ったのではなく、私たち現生人類が、第2の月の消滅とともに、おとぎ話側の住人側へと変わってしまったのだ、と。

 父は世界の秘密をどうやって知ったのだろうか。それとも私を含め、壊れてしまった月も、滅んだ種族も、父の創作物でしかないのだろうか。

 真相はともかく、窓の外では、既に翼竜を乗りこなした息子が楽しそうに空を翔けている。慌てて私は、自分の背中の翼を羽ばたかせ、息子と翼竜を追いかけることにした。

(了)
 


今週のシロクマ文芸部「月めくり」に参加しました。


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