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「老人とウニ」#シロクマ文芸部

 海の日をウニの日に変えた老人の話をしようか。

 老人はある時海で溺れていたウニを助けた。猿も木から落ちるように、河童も川を流れるように、ウニだって溺れることもあるものだ。老人は世間から離れて孤独な日々を送っていたものだから、苦しそうに溺れるウニと自分の姿を重ねて、ウニを助けた。そのウニに、海で生きる術を叩き込んだ。連日ウニと砂浜を走り込み、危険生物との戦い方を教え、楽しそうに二人で笑い合ったりもしていた。

 やがて体力が回復し、老人の教えを全て身に着けたウニは海へと帰っていった。何かをやり遂げた表情の老人はまた一人となり、細々と漁を続けていた。

 数年後、「巨大なウニに船を沈められた」「マッコウクジラが巨大ウニの一突きで倒されていた」といった噂が流れ始めた。老人はすぐにぴんと来た。あの時鍛え上げたウニは、強くなり過ぎたのだ。ウニとしての範疇を遥かに超えた、巨大怪獣のようなものになってしまったのだ。

 老人は全て自分の責任だと考え、巨大ウニを倒すために沖へと向かった。荒れ狂う海の中でどのような対決があったのかは分からない。帰ってきた老人は寡黙であったし、傷ついた船に刺さっていた棘は確かに巨大なウニのものであった。

「もうあのウニが暴れることはない」
 老人の言葉通り、巨大ウニが人を襲うことも、船を沈めることもなくなった。いや、世界中の海からウニそのものが消えてしまった。人々は「巨大ウニが全てのウニを引き連れて宇宙へと旅立ったのだ」と噂した。以来「海の日」は「ウニの日」へと名称を改められた。失われたウニの味に人々が想いを馳せる日となったのだ。

 別の日の話。老人は海で溺れている金髪の吸血鬼を助けた。吸血鬼は「WRYYYYYY!!!」と叫んで老人に噛みつこうとしたが、老人には歯が立たなかった。体力が回復すると、老人は金髪の吸血鬼に、海で生きる術を叩き込んだ。吸血鬼は別に海で生きるつもりはなかったのだが、老人はそんなことを気にしなかった。老人は持てる全てを叩き込んだ後、金髪の吸血鬼を野生に返した。吸血鬼は「WRYYYYYY!!!」と叫んで老人への別れの挨拶とした。最後まで老人には吸血鬼が何を言っているか分からなかった。

 後年、吸血鬼が人を襲っているという噂が聞こえてきた。その吸血鬼は「WRYYYYYY!!!」と叫ぶのだという。老人は既に漁師を引退してのんびりと余生を過ごしていたので、その噂を聞き流した。「老人とウニ」と違って、こちらの「老人とWRYYYYYY!!!」の話があまり広まっていないのはそういうわけである。

(了)

今週のシロクマ文芸部「海の日を」に参加しました。

原案は架空書籍紹介シリーズ34冊目。

これを思い出して、「ジョジョの奇妙な冒険」に出てくる、ウリィと叫ぶ金髪の吸血鬼ディオ・ブランドーのパロディを絡めたのが、架空書籍紹介シリーズ75冊目。

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