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娘を一歩、大人にさせたハンバーグ

今日は夕方過ぎまで出掛けていたので、夕飯を作るのが面倒くさくなってしまい、娘を連れて家の近所にあるサイゼリアに行くことにしました。

夕飯にしては少し遅い時間帯だったのですが店内はわりと混みあっていて、座席は半分ほど埋まっていました。

ベンチシートの席に案内されると、私はさっそく何を注文するか悩み始めたのですが、娘はほとんどメニューに目を通すこともなく、すぐに注文用紙にオーダーを書き込んでいきます。

娘はいつも同じものしか食べないので悩む必要がないのです。

優柔不断な私は熟考の末、ハンバーグとチョリソーの盛り合わせと小ライスを頼むことにしました。
それともちろん、白ワインのデキャンタも。

娘はいつも通り、お子様用のたらこスパゲッティとフライドポテトに、お子様用のドリンクバーを注文しました。

注文用紙を店員さんに渡してしまうと、私達はさっそくドリンクバーに向かいました。

娘は慣れた手つきでコップを手に取ると、脇目も振らずにオレンジジュースのボタンを押してコップに並々注ぎました。
少し勢いよく入れすぎたようで、こぼさないように慎重に歩きながら座席まで戻りました。

娘はオレンジジュースを、私は白ワインを飲んでいると、あっという間に料理が運ばれてきました。

フライドポテトはまだ熱いからと言って、たらこスパゲッティから食べ始めた娘は、
「やっぱりこのパスタ美味しいなぁ」と言って顔をほころばせました。

私は自分の前に置かれたハンバーグにソースをかけながら「ちょっと食べてみる?」と娘に聞いてみました。

娘はかなりの偏食なので、多くの子供達が目の色を変えるハンバーグにも、いつも見向きもしません。

おそらく初めてハンバーグを食べた時に、玉ねぎの存在を感じたのでしょう。

野菜を食べたくないという固い意志を持っている娘は、埃のひとつも見逃さない姑のように、玉ねぎのひとかけらさえも絶対に見逃さないのです。

しかし料理人の私から言わせてみれば、ハンバーグに玉ねぎは必須です。

みじん切りにして、弱火でじっくりと加熱することにより、甘味を存分に引き出された玉ねぎが入っているからこそ、味に深みが生まれるというものなのです。

娘はしばらく悩んでから答えました。

「挑戦してみようかな」

意を決した表情で私の前に置かれたハンバーグを見つめるその目には、もうすぐ始まる小学校の給食に対する不安と期待が入り混じっているように見えました。

私は娘の口から前向きな返事が返ってきたことがとても嬉しくて、すぐにハンバーグを一口サイズに切り分けて娘の前に置かれた小皿に載せました。

すると娘は緊張した面持ちで、子供用のフォークを器用に使い、その小さな口にハンバーグを運びました。

「うまっ!えっ、なに!?このハンバーグめっちゃ美味しいんだけど!」

ついに娘がハンバーグの美味しさに気づいた瞬間でした。

私は思わず、アルプスの少女に登場するクララが立ち上がった時のように興奮しながら、「もっと食べるでしょ」と尋ねてみましたが、残念ながら返ってきた答えは「ノー」でした。

いくら立ち上がることができたからと言っても、すぐにクルっとターンができるわけではないのです。

それと同じように、ハンバーグを一口食べたからと言っても娘の偏食が治ったというわけではないのです。

どうやら私はあの時のペーターのように、すっかり興奮してしまっていたようでした。

結局娘はその一口しか食べてくれませんでしたが、この一口は確実に娘を大人へと一歩前進させたと私は思っています。

ちょうど人間が初めて月面を歩いた時のように、ゆっくりと、しかし確実に、この一歩は娘の未来へと繋がっていくのです。

何か新しいことに挑戦しようとする娘の姿を見て、私はある目標を胸に抱きました。

それはいつか必ず、いや、近い未来に、
「パパのハンバーグは宇宙で一番美味しいね」と言わせてみせるということです。

そのためにも私は今日も明日も明後日も、料理の腕を磨くのです。

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