夢の中で怒られて、お互い様を知った朝
私は深い眠りの海に潜っていました。
その日はお酒を飲んでいなかったこともあり、特に深く、とても穏やかに眠りの海を彷徨うことができていました。
全身の力を抜いてユラユラと海底付近を漂っていると、どこからともなく私を呼ぶ声が聞こえてきました。
「パパ〜、パパ〜」
光が届かないほど深く潜っていたせいで、方向の感覚がなくなっていた私は、微かに聞こえてくるその声を頼りに、海面を目指して上昇していきました。
「パパ〜、パパ〜」
だんだん声が近くなってきました。
海面はもうすぐです。
すると…
「パパ!早くしてよ!」
「ちょっと!早くしなさいよ!」
私は思わずハッと起き上がりました。
「やばい、寝坊した⁉︎」
いや、そんなことはないようです。部屋はまだ真っ暗なままだし、窓の外も闇に包まれています。
娘も、一体どうしたらこうなるんだろうという体勢で、寝息を立てながら熟睡しています。
ということは…
「だから早くしなさいってば!」
やっぱり。
私を眠りの海から引きずり出したその声の正体は、妻の寝言だったのです。どうやら妻が夢の中で私に対して怒っているようです。
「まぁ、立派な寝言だこと。」
私はうっかり人の秘密を盗み見てしまったような後ろめたい気持ちになりながらも、なんだか面白いものを見たなとニヤニヤしていました。
それにしても夢の中でまで怒られているなんて、
自分が不憫でしかたありません。
眉間に皺を寄せて、腰に手を当てながら怒っている妻の姿が目に浮かびます。
いったい私はどんな事で怒られているのでしょうか。
いつもみたいに歩くのが遅くて急かされているのでしょうか。
それとも朝のトイレ争奪戦の真っ最中なのでしょうか。
はたまた、夢の中で家族対抗リレーでもしているのでしょうか。
そんな事を考えていたら、夢の中でまで怒っている妻もまた、なんだか不憫に思えてきました。
「お互い寝ている時くらいは心穏やかに過ごしたいものですな」
そう呟いてから私は再び眠りにつきました。
そして次の日の朝、「そういえば、寝言で早くしなさいって怒ってたよ」と妻に教えてあげたら、「寝てる時くらいイライラさせないでくれる」と怒られてしまいました。
さすがにこれには、「別に私だって登場したくて夢に出たわけじゃありませんからね」と言い返そうかとも思いましたが、私はそれをグッと飲み込みました。
妻だってなにも私の夢が見たかったわけではないでしょうから。
それに、どうせならもっと楽しい夢が見たかったにきまっています。
そう思うとだんだんお互い様な気がしてきて、不思議と腹の虫も引っ込んでいきました。
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