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レンコンの穴から見えたのは〜エッグタルトとチャイナタウン〜

レンコンには穴が空いています。その穴はレンコンが呼吸をするための通気口です。

レンコンは蓮田(はすだ)と呼ばれる泥沼の中で育つのですが、泥の中では酸素が足りません。そこで、水上に伸ばした葉っぱから酸素を取り入れて、レンコンの穴を伝って根っこまで行き渡らせるのです。

またレンコンはその穴から「先(将来)が見通せる」という意味合いで、とても縁起の良い食材とされています。

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私は人生で一度だけ手相を見てもらいに行ったことがあります。少しでも人生の見通しを良くしたいと思ったからです。

今までの人生で占いの類には一度も行ったことがない私は、いったいどんなことを言われるんだろうと、ドキドキワクワクしていました。あまり期待してはいけないと頭では分かっていても、やっぱり良いことを言われたいと思ってしまいます。そんな浮き足立った気持ちで、期待と、ちょっとの不安と、千円札を握りしめて、横浜中華街にある手相占いの館の暖簾をくぐりました。

案内された椅子に座り、さっそく手を差し出した私に投げかけられた言葉は、思いもよらない言葉でした。

「ずいぶんとまあ、やる気のない手相をしてるわね、あなた」
開口一番に言われた言葉です。

確かに自分でもそんなにやる気がある方だとは思っていませんでしたが、ここまではっきり言われるとさすがに少し落ち込みます。

ゆるふわパーマをかけた手相師のおばちゃんは続けます。

「普通の人はね、ここにこうやってね、やる気の線があるのよ」と言って、私の手のひらに長い線を描きました。恐る恐る自分の手のひらに目をやると、おばちゃんが指で描いてくれた長いやる気の線は、砂浜に書いた文字が波に消されるように、私の手のひらから一瞬にして姿を消してしまいました。
その後に残ったのは、探さないと見えないような、うすくて短い線だけでした。

現実を突きつけられて意気消沈する私に、おばちゃんはさらに追撃をしかけてきます。

「まあ、今の仕事もね、悪くはないんだけどねぇ、あんた絵描きになった方がいいわよ。どう、絵描き?」

そう言われた、私は戸惑いを隠せないでいました。

なぜなら私は生まれてこの方、絵が上手いと褒められたことはいちどもなかったからです。むしろ、小学生の頃も、中学生の頃も、絵が下手なのがコンプレックスで、美術の時間はいつも苦痛でした。

以前何かの本で読んだことがあるのですが、絵が上手く描けない人は、物事をありのままに受け入れることが苦手な人が多いようです。目に映る物事も、突きつけられた現実も、自分というフィルターに通してからでないとうまく処理できないのです。

手相を見てもらい、先の見通しが悪くなってしまった私は、現実との折り合いをつけるために横浜中華街を当てもなく彷徨っていました。食べ物の匂いと、潮の匂いが混ざった風があたりを吹き抜けます。
そもそも自分にとって、都合のいいことばかり言われるはずはないとわかってはいたつもりでしたが、自分の予想とあまりにもかけ離れたことを言われたので気持ちが動揺していました。

それでもしばらくフラフラと歩いているとだんだん小腹が減ってきました。人間生きてるだけでお腹は空くのです。そしてふと目に入ったエッグタルトがとても美味しそうだったので、一つ購入し、そままお店の前で食べることにしました。

生地は見るからにサクサクそうで、カスタードクリームの甘い香りが漂います。そんなエッグタルトを口に入れようとしたその瞬間、頭に何か落っこちてくるのを感じました。

それはコツっとした小石が落ちてきたような感じではなくて、ビチャッとした、少し水分を含んだものが落ちてきたような感触でした。
上を見上げるとそこには、電線の上で休憩する鳩たちの姿がありました。どうやら彼らのうちの一人が私の頭にフンを落としたようです。

手相占いといい、鳩のフンといい、今日はついてないことばかりです。フツフツと怒りのような感情が込み上げてきますが、「ポーポー、ポーポー」と私を嘲笑うかのように鳴く鳩を上にして、私はなすすべもありませんでした。

いまさら怒ったところでどうにもなりません。すでに鳩のフンは頭に落ちてしまっているのですから、もはや受け入れるしかないのです。

「運がついたと思って笑うしかない」

そう思った私は気持ちを切り替えて、エッグタルトにかぶりつきました。

そのエッグタルトは、想像していた以上に甘くて、そしてまろやかで、私の心を満たしてくれるのでした。

***


レンコンの穴は未来を覗くためにあるのではありません。花を咲かせるためにあるのです。

水上から取り入れた酸素を、身体中に巡らせて、泥の中から一生懸命に芽を伸ばし、まあるく広げた葉っぱで日光を全力で受け止めます。

そうしてはじめてレンコンは綺麗な花を咲かせる事ができるのです。

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