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【酔って候、殿様で候】 『酔って候』司馬遼太郎 文春文庫

幕末には坂本竜馬や西郷隆盛など英雄がたくさん出た時代ですが、英雄的なお殿様も多く出た時代です。この小説には4編の短編、4人のお殿様が出てきます。

〇『酔って候』山内豊信
土佐(高知県)に自らを鯨海酔候と称する豪快なお殿様がいました。鯨海とは、そのまま鯨のいる海。土佐の海を示しています。酔候とは俗っぽく訳せば、酔っぱらい。つまり鯨海酔候とは、土佐の酔っぱらいお殿様といった感じの意味です。
表題作『酔って候』は山内豊信というお殿様の話です。幕末に活躍した土佐藩主です。豪快な人柄で、お酒好き。時勢を見る目も、教養も、気概もありました。
しかしその卓抜した学識は、そのまま他人を侮ることにつながりました。自らの豪快さは逆に確執を生むことになります。英邁なお殿様でありながら、明治維新という大変革に何も貢献できなかった容堂。そんな姿が描かれます。

〇『きつね馬』島津久光
『きつね馬』は薩摩藩の藩主の父親、島津久光が主人公。自身は藩主ではなく、藩主の父親という中途半端な身分です。西郷隆盛、大久保利通などの英雄を部下に持ちますが、気付けばその部下たちに乗せられて倒幕戦に突入していきました。思いがけず明治維新の波にのり、幕府まで倒してしまった島津久光。彼の胸中はいかばかりか。明治維新後、彼は大量の花火を打ち上げて憂さを晴らしたといいます。

〇『伊達の黒船』伊達宗城
1853年に黒船が来航しました。その黒船を何とかして作成することはできないか。そう思った宇和島藩主伊達宗城は、部下に黒船製作を命じます。そこで抜擢されたのは、手先が器用というだけの嘉蔵という男。彼は四苦八苦しながら何とか黒船を作ろうと努力します。結果として何とか黒船を作り上げます。黒船を作りたいと願った殿様と、作るために各地をはい回った男。殿様らしく大きな夢を持つ伊達宗城と、その夢を現実にすべく駆け回った男の対称が美しい作品です。

〇 『肥前の妖怪』鍋島直正
肥前佐賀藩に、肥前の妖怪と言われるお殿様がいました。鍋島直正、時に鍋島閑叟ともいわれているお殿様です。大きな夢を持ち、ただひたすらに自らの藩の力を高めようとしていた彼は、しかし中央の政界には無関心で一種超然とした印象を与えます。時は幕末で、佐幕だ、倒幕だと騒いでいる中でも、肥前佐賀藩は時勢の中で隔絶しています。左右どちらにも与しない態度は、人々の中で妖怪というイメージを生み出したのでしょう。九州の佐賀から幕末の動乱をじっと見つめていた殿様の姿が描かれます。

幕末を生き抜いた4人のお殿様の話が詰まった短編集。読後は不思議な余韻に包まれます。





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