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短編小説 「記憶を歩く」

 気がつくと、俺が知ってる近所の公園にいた。
 記憶が正しければ、さっき会社から出て帰宅しようってところだったはずだ。でも、空の感じは明らかに定時である17時15分の日が暮れている頃合いとは正反対で、おそらく昼過ぎくらいだろう。腕時計を確認したら、それは正解だった。

 そして、気になるのは、今、隣に知らない男がいるということだった。
同じくスーツ姿の男。彼は、私のことを見ていた。

 「なんすか?」
 「気づきました?」

 訳がわからず、「え?」を繰り返すばかりの私に

 「まあ、混乱しますよね。」

 と、半笑いで答える男に少しムカついた。

 「受け入れられない事実でしょうが、落ち着いて聞いてくださいね。まあ、無理だと思うんですけど。単刀直入にいうとあなたは死にました。」

 男は、妙に笑いながら言い始めた。

 「それで、最近ですね、死んじゃった人に少しだけ猶予を与えようじゃないかっていうシステムができまして・・・」
 「待って!待って!」

 全く理解できない俺を無視して話を勧める男を止めた。

 「どういうこと?」
 「どういうって・・・まあ、言った通りですよ。」
 「その・・・変な話が?」
 「ええ、まあ・・・。」

 妙な沈黙が生まれる。
 男は、なんとか説明を済ませたいという一心だったが、俺の理解できない様子に頭を少し掻いていた。

 「俺、死んだわけ?」
 「そうですね、今日。」
 「今日!?」
  今日!?

 と、心と口が連動した。
 男が言うには、今日、死んだ俺に少し、死ぬ時間までに猶予を持たせると言う時間を与えると言うらしい。時間は定時になった頃合い、細かく言うと退社した17時20分から遡って、14時20分から。猶予は3時間らしい。

 「短くないっすか?」
 「いやぁ、やまやまなんですけどね・・・まあこれがこっちの限界っと言いますか・・・。」
 「誰がやってんの?」
 「まあ、なんというか・・・詳しく言えないっすけど・・・機械のような・・・機械じゃないような・・・ちょっ、すいません。」

 一応、自分の死因も聞いてみたが教えてはくれなかった。「まあ・・・」とはぐらかされる。ちなみに、この男は時間までは俺に同行すると言うらしい。

 さあ、どうする。

 残された時間は3時間。なんなら、公園でああだこうだ言っている間に20分くらい経っていた。

 まず考えたのは、家族だった。俺には、妻と子供がいる。妻は共働きで製薬工場で働いている。が、しかし、工場内には私物は持ち込めないらしいので電話は繋がらない。じゃあ会社に電話しよう。と思い、電話をする。受付の人の声から、妻の声になるまではちょっとばかし時間がかかった。

 「何?」
 「あのさあ・・・。」

 言葉が詰まった。急いで電話をかけてたから言うことを何も考えなかった。

 「ちょっと忙しいから、何?」
 「あ、いや、ありがとう・・・。」
 「・・・え?それだけ?」
 「あ、えっと・・・どうしよっかな・・・」
 「ごめん、ちょっと忙しいから。」

 無慈悲にも妻は電話を切った。
 見切り発車で言ったせいで、時間を無駄にしてしまった。ちゃんと考えないと、いや、声だけ聞けただけでもラッキーと思うか・・・。次は子供に電話しよう。
と思ったが、流石に今は授業中で、電源を切っているのか・・・。会いに行くにも色々と迷惑がかかるだろう。

 とりあえず、携帯のメッセージで二人に「今まで、ありがとう。」とだけ送った。

 その後に両親に電話をかけた。

 「もしもし・・・。」
 「何?」
 「俺だけどさあ・・・。」
 「何、急に・・・。」
 「母さんがさ、よく作ったあれ食いたいなって思って・・・。」
 「無理。」
 「え?」
 「今、韓国。」
 「なんで?」
 「あんたが、旅行行きなって、プレゼントしてくれたんでしょ。」
 「・・・そっかぁ。」
 「ごめん、今から蟹の浸けたやつ食べるから。」
 「何それ。」
 「知らないわよ。」

 遠くから父さんの声が聞こえた。

 「うわ、すげえ、こんなんなんだ。」
 「すごっ。」

 ここで突然、電話が切れた。

 やべえ、どうしよう。

 「とりあえずなんか食べます?」
 「腹、減ってねえよ。」

 と、言ったが、思いついた事をこうも上手くスカされると、流石に何か食べたくなる。財布の中にはクレジットカードもあるし、現金も一万ほどある。これくらいあれば、それなりのものが食べられる。

 「今、3時になりましたよ。」
 「え?」

 確かに針は、3時を指していた。多くの飯屋は休憩時間に入っている頃合いだ。

 そうだ、学生時代によく食べたラーメンを食べよう。その後、いつも行く牛丼屋に行って、その後、回転寿司でめちゃくちゃ食べよう。家族を持つと、なかなかできなかったドカ食いをやってしまおう。台も大満足になったら本望だろう。その後にビールでも飲もうじゃないか。昼呑みをしよう!

 俺は男と一緒に、学生時代に食べたラーメン屋に入る。奇跡的にこの店は15時過ぎてもやっていた。目の前には山盛りの野菜にチャーシューに背脂もかかってニンニクの強烈な香りが店内に広がってる。

 店を出る。
 15時50分になっていた。

 めちゃくちゃ腹がいっぱいになる。ついてきた男は満足げにペットボトルのお茶を飲んでいる。俺はもう何も食えなくなっていたし、食べ過ぎて気持ち悪い。うまいなぁと思うのは昔のまんまだった。でも、体がついてこない。また、公園のベンチに座って、体を休める。ゲップがニンニクくさい。酒なんか飲んだら吐いてしまう。

 せっかく猶予を与えられたのに、結局できたのはラーメンを食べただけ。それなのに見上げた空は雲ひとつなくて、妙に良い日に演出させられている気がしてムカつく。

 「散歩でもします?」
 「はい?」

 男はペットボトルのお茶を飲み干して、俺に語りかける。

 「散歩ねえ。」
 「ちょっとペットボトルも捨てたいし。」

 何も考えてないように見える男の顔が憎たらしく見えるが、散歩というワードになぜか安心した気がした。

 暑くも寒くもない頃合いで、16時あたりになると少しずつ、夜が顔を出し始める。公園の近くには、さっき行ったラーメン屋もあれば商店街もある。ここは俺の地元で商店街は小さい頃から見ている。ラーメン屋は高校の頃にできた。

 「良いっすねえ、なんか昔の名残があって。」

 その男のシャッターが増えた地元の商店街に対する皮肉を聞き、少し笑ってしまう。まさしくそれは事実で、俺の小さい頃よりもシャッターが閉まった店は多くなっている。小さい頃もこの男と全く同じ感覚になった。

 ある薬局の前を通る。

 「ここにさあ、マスコットキャラみたいなの立ってたんだよ。」
 「へえ。」
 「どこ行ったんだろう。」

 俺はその周りを見渡す。その薬局の店主が奥に入る時、色褪せたそのマスコットが荷物に囲まれているのが少し見えた。

 「なんか嫌ですね。」
 「え?」

 男もそれを見ていたらしい。

 「ずっと残るのって・・・。」

 男は商店街を進み始めた。俺は奥のそれから離れるように男を追いかけた。

 「微妙な気持ちにさせんなよ。」
 「ああ、すみません。」

 微妙な気持ちで商店街を歩く。それでも街はいつも通りで、見慣れた知らない人たちがいつも通り動いている。おそらく、妻も子供も今普通に動いている。死ぬ俺も、会社で動いている。

 俺は、俺を止めようと男の隙を見て逆方向に走り出すが、気づいたら男の位置に戻っている。

 「無理ですよ。」

 これを二回ほど試したが必ず男の位置に引き戻されている。

 「だから無理なんですって。」

 時計を見ると16時30分

 子供は中学生で部活をしている。

 とりあえず商店街を歩いて、このまま子供がいる中学校まで歩こう。

 商店街の周りを見ながら歩くとよく行っていたCDショップが無くなっていた。少し歩くと、昔よく行っていたパン屋が無くなっていた。なんとなく前を通り過ぎていた惣菜屋が無くなっていた。昔と景色はあまり変わりないが、シャッター街になっていくのを実感する。

 「前はどうだったんですか?」
 「前は・・・前もこんなんだったよ。」

 商店街を終え、それなりに車通りの多い道を過ぎ、住宅街に入る。学校を終えた歩く生徒たち、自転車を走らせ、今から帰るのか、ハンバーガーショップに寄り道するのか、とでも言いたくなるワイワイとした子供達が、男二人の横を過ぎ去っていく。

 「今のご時世、僕たちが歩いていると不審者だと思われませんかね。」

 男は笑いながらそんなこと言っている。

 「かもな、まあ、俺、保護者だし、大丈夫でしょ。」

 保護者。俺は、今横切っていく子供達と正反対な立場だ。だけど、この中学校に向かって通学路を進むと、中学生に戻った気にもなる。

 その通学路の途中、古びたお菓子の自動販売機があった。色褪せた自販機、メーカーのマーク、パッケージの商品の写真。なんとか見える写真も、薄く青ががったチョコのお菓子のパッケージしか見えない。

 「買えるかな?」
 「無理ですよ。」
 「やってみようよ。」
 「ええぇ。」
 「よく買ってたんだよ。」
 「でも、何かわからないですよ。」

 俺は自分の記憶を頼りに、ポテトチップスがあったところを指差す。

 「これだったはず。」
 「本当ですか?」
 「うん。」

 俺は小銭を入れ、ボタンを押す。
 音が響く。

 「でた!?」
 「嘘!?」
 「言っただろ!」

 俺は取り出し口から取り出す。
ポテトチップスではなく、中にチョコが入った小さなパンみたいなものがたくさん入ったお菓子だった。

 「違う・・・。」

 男は笑った。俺も笑った。

 「ここだったと思うんだけどなぁ。」
 「もう一回やりましょうよ。」
 「やる?」

 俺は、小銭を入れ、とりあえず見えない部分のどれか一つを押した。また同じのが出た。


 「これしか入ってないんじゃないですか?」
 「いや、確かにポテチあったんだよ。これも食ってたけどね。」
 「記憶違いじゃないですか?」
 「んん、どうだろ。」

 今、思い返してみれば近くは商店街だし、今はないけどゲーセンもあった。ポテチなんて買える場所なんてたくさんあった。ゲーセンで食べている記憶もある。正直何が正しいのかわからない。けど、このチョコのお菓子も食べていた。

 大の大人二人がそのチョコのお菓子を食べながら学校まで歩く。男は、あの色褪せた自販機のお菓子だからと最初は嫌な顔をしていたが、食べてみるとパクパク食べ始めた。

 「これ喉乾きますね。」
 「な。」

 子供達の大きな声が聞こえてくる。野球なのか、サッカーなのか、テニスなのか、陸上なのか、スポーツをしている声が近くなってくる。同時に、周りの家や道が橙色に染まっていく。

 「学生時代とかどうだったの?」
 「いや個人情報なんで。」
 「なんだよそれ。」
 「ダメですよ、そういうこと聞くの。」

 変なことを聞かなければよかった。現代に突き返されて、懐かし気分が台無しになった気がした。

 中学校の前に来た。俺がかつて通ってた学校。少々、リフォームされた箇所があるが、俺が通っていた頃と同じ姿形をしていた。

 「入ります?」
 「いや、周り、歩こうか。」
 「え?」
 「子供、サッカー部でさ。」

 俺は、高いフェンスに沿って歩く。子供達は一生懸命、スポーツに取り組んでいる。学生の頃を思い返すと、それを窓から眺めながらぼーっとしたり、友達をだべって、その後、ゲーセンや友達の家に遊びに行っていた。まあ、不良でもなく優等生でもなかった。

 サッカー部の近くまできた。俺はサッカーについては全くもって知らないので、ボールの蹴り合いを見ているというよりかは自分の子供を探すことに一生懸命になっていた。

 子供はいなかった。

 「戻ろう。」
 「え?」
 「いないわ。」

 もう一度、入口の方まで戻る。なんとなく自分の子供がいる場所がわかる気がした。グラウンドを見渡せる教室の窓を見る。窓は全て、閉まりきっていた。しかし、その近くにある非常階段に生徒が3人、先生に怒られていた。俺は笑った。

 「時間です。」

 俺は腕時計を見た。針は17時20分を指していた。

 「あ。」

 そこには男以外誰もいなくなった。
 男の少し先には、先生が去り、安堵の顔を見せる3人の生徒がいた。


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