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キューバリブレと恋

恋愛✕旅小説 舞台はキューバのバラデロ。

カリブ海は、日差しがあまりにも強く、
世界で一番キラキラした海だと思った。
そこで飲んだキューバリブレのアルコール度数の高さとか、
甘ったるさとか。
平凡な男女二人が、まるで映画の中の主人公かのように勘違いしてしまうのも仕方ない、最高のシチュエーションだった。
そして、「人生で一番のromânticoな思い出になるね」という言葉。
今から思うと笑えるくさいセリフも、あの時は溶けるように幸せな魔法の言葉だった。

***

彼と出会ったのは、メキシコのとある町だった。いわゆる日本人宿で、オーナーが日本人だったり、日本人びいきだったりして、宿泊する客が日本人ばかりの宿のことだ。私は、バックパッカーとして、怖いもの知らずで一人でメキシコを旅していた。
ただ、実はそのつい一週間くらい前に、もともと旅を一緒にしていた恋人と別れて、一人旅を始めたばかりだった。その恋人と別れた理由は、一緒に旅を始めたものも、あまりにも喧嘩が増え、辛くて、一人で旅した方が楽しいと感じたからだ。別れるまでは、別れたくないのか、一人旅になるのが嫌なのか、どっちの気持ちが強いかわからないが、ずっとぐずぐず悩んでいた。でも、別れて始めた一人メキシコ旅は、ようやく自由になれた喜びと、女一人でこんな風に旅するなんて!と、強くなれた気がして、すごく楽しかった。

メキシコで出会ったKくんは、とにかく生意気そうな、ひねくれていそうな、でも甘えたがりな少年だった。年下だったから。
私は、少しばかり大人ぶって彼に接していたけど、彼はスペイン語の勉強のためにグアテマラやメキシコを旅していて、語学の面でとても頼れた。
ただ話をしていると、大学を中退したり、ライターになりたいと話すが特に具体的な行動はしていなかったり(ごめんしていたかも)なんだかふわふわした子だなぁと思った。ただ、ぎらぎらしたプライドの高さがとても素敵だった。そうやって、自分の現状と馴染もうとしない人って人間臭くて魅力的だと思う。
それが、自分の家族だったり、恋人だったりするととても困るけど。

「日本に彼女がいるんだ。同棲してる。」
とKくんは言った。4つくらい年下の彼と恋に発展すると思っていなかったし(20代の4つってめちゃくちゃ大きい)、特になんとも思わなかった。
ただ、私といて楽しい、とか、あまり人にぺらぺら話さないけど自分の夢の話はね…とか言ってくれたのが嬉しかった。わかりやすい好意をとても求めていた時期だったので。

***

「キューバに一緒に行かない?」
旅人ではよくあることで、目的地が一緒だったらしばらく旅を共にする。
基本的にドミトリーに泊まるから、そういうことを目的としてなくて、本当に素直に誰かと旅を楽しみたくて一緒に旅をすることがあった。
スペイン語を話せる彼と一緒にキューバに行ったら、きっと楽しいだろうな。
しかもキューバにはカナダあたりから人が来るリーズナブルなリゾート地があるらしく、そこを一緒に楽しもうよと言われた。
私たちに下心がなかったわけではないけれど、直接的にそれを確かめたりしなった。
とにかくキューバの下町は異世界のような場所で、お金の通貨もうまく使えず、インターネットもなかなかつながらなかった。
そこで、しこたまお酒を飲んだ。観光客向けなのか、地元でもそうなのか、お店では生演奏をしていて、ノスタルジックな映画のワンシーンみたいだった。
雨の中、私は典型的な酔っ払いみたいに、手をつないで楽しく宿に二人で帰った。

***

恋をしない理由がなかった。
本当にKくんを好きだったのか、それともこのロマンチックな状況に恋をしていたのか、今となってはどちらでも構わない。
Kくんだって、インターネットが繋がらないからという理由で、日本に残した彼女と連絡をとっていなかったのだから。
私は彼女と別れてほしいと願っていたのかな?それをあまり覚えていない。

***

その噂のリゾート地で、奮発してオールインクルーシブのホテルを予約した。ふかふかのベッド、おいしい食事、何杯も何杯も飲んだお酒。
カリブ海は、今まで見たどんな海より眩しかった。
ゆらゆら揺れるハンモックとか、ビーチに置かれたベットとか。
スペイン語でロマンチックはロマンチコなのだという。
なんだか、間抜けでかわいく聞こえませんか?
「ロマンチコだね。」私はこの言葉を多用していた。
そして彼は言った。
「これから先、ロマンチックな思い出はたくさんあると思うけど、こんなにロマンチコな思い出は今だけだね。人生で一番ロマンチコな思い出になるね。」と。
私はとても気に入ってしまったのだ。
日本で、また別の国で、ロマンチックな経験を誰かとするかもしれない。
Kくんと私はきっとこの国でお別れするだろうから。
でも、スペイン語圏でこんなに素敵な恋をするのは、彼が最初で最後だなと。
もしかしたら、旅をしたバルセロナでとんでもなく好きな誰かに出会うかもしれないけど。
でも、きっと少なくとも、スペイン語圏でなら、この恋は越えられないと思った。

***

案の定、キューバを出るときにそれぞれ別の目的へ向かった。私は、彼女と別れてほしいと泣いて訴えたと思うけど、Kくんは首を縦に振らない代わりに、空港で大号泣していた。そして、私も泣き疲れて眠った、キューバから大西洋を飛行機で渡っている間に、Kくんのことをすっかり過去の思い出にした。

おかしくて、くすぐったくて、情けなくて、カッコ悪い、恋の話だけど、
あんなキラキラのカリブ海で、あのキューバリブレで、星空で、波の音で…
そういう場所で誰かを好きになれたって人生の宝物の一つだなって私は思う。

***

大好きな映画「ビフォアサンライズ」の続編、「ビフォアサンセット」で主人公が言うセリフ。

I feel I was never able to really forget anyone I've been with, because each person has their own specific qualities, and you can never replace anyone. What is lost is lost.

私はこんな風に恋愛に慎重ではないのだけど、こんな風に、一つ一つの思い出や一人一人をかけがえのないものだと思って、大切に胸の中に閉じ込めている。

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