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創作小説

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#短編小説

創作小説 中島みゆき「悪女」

創作小説 中島みゆき「悪女」

新宿駅を出て、徹と暮らす部屋までの距離をスマホアプリで調べる。
甲州街道経由 3.3km 徒歩46分。

実家から中学校までの距離と同じくらいだ。自転車通学だったけど、大雨や雪の日は歩いて学校へ通った。ちょうどよい時間にバスも走っていない田舎だったし、朝早くから仕事に向かう母親に送迎を頼むことなんて出来なかった。川沿いの堤防を傘をさして歩いているとよく友達が乗った車に追い抜かれた。「優香ちゃんも乗

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創作小説 花束に込めた思いは届かない

創作小説 花束に込めた思いは届かない

「お花ありがとうございます!大切に飾りますね」

そんなメッセージを見て、私は彼のことを愛していたんだと気づく。
それを認めざるを得ないくらい、どろっとしたどす黒い感情が胸に沸いた。

***

退職する今井君と私は、三年ペアで仕事をしていた。
三つも年下なのに自己主張の強い彼が最初は苦手だったけど、一緒に仕事をして内面を知る中で実は優しい人だと分かった。

私達は営業先に向かう車中で、マンガや漫

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五月に吹く風 創作小説

五月に吹く風 創作小説

 彼女が真面目な性格だということをよく分かっていたが、そこに書かれた文字を見ると、何とも言えないもどかしい気持ちが湧いた。持ち上がりで高二の担任となり、早速進路希望調査を行った。進学先を書く欄に、昨年も私のクラスに在籍していた河合という生徒が『歌手志望』と書いて提出したのだ。

 新学期の慌ただしさが落ち着いた四月末の放課後。カーテンをはためかせ、窓からグラウンドで練習する野球部の声と気持ちの良い

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小説 桃の月が弾む

小説 桃の月が弾む

「もうすぐ着きます」
 実家の最寄り駅に着いたタイミングで母にメッセージを送った。電車から降りると三月とはいえ、まだ空気は真冬の様に冷たく鞄からストールを取り出す。帰省は正月以来だから二か月ぶりだ。自宅からここまで電車で三十分の距離なので定期的に帰っている。スマホを見ると早速母から返事のスタンプが届いていた。うさぎがにこやかな笑顔でOKと言っている。

 ただいまと声をかけ、返事も待たず、家に上が

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