「書くことは肯定することである」 言葉にする、形に残して担保する。 それは「あなたはあなたのままでいいよ」と日常に言ってあげることと等しくて、1番最初にあるはずの優しさですから。悲しい自分も苦しい自分も殺したい自分も、全部書くしかない。それでやっと心の声で話せる気がするんです。
明日ライブです、おやすみなさい。
また一つ何かを始めて、終わらせるぞ
孤独になるな
・夕方、練習から帰ってきたあと、遅めの昼ごはんを食べて疲れていたのか19時ごろまで眠っていた。それからファミレスでゆっくりと本を読んで、23時前に家に帰ってきた。帰り道に寄ったスーパーでねぎとにんじんとだいこんとつなと安売りしていたコロッケを買った。そしてそれから好きなラジオ(人生思考囲い)を聴きながら2時間弱かけて5品作り置きのおかずを作った。 何周目かな〜って気もするけど何回聞いも面白い。なにより、自分と同じように生活の延長線上で創作を出したり受け取ったりしているじんし
・仕事を辞めて、1週間が経った。 新しい仕事の面接を受けている。1箇所ほぼ採用まで漕ぎ着けているが、条件面や環境条件で問題がないか、苦心しながら思い悩んでいる。ただでさえ、諸々が爆裂に追い込まれているのに、ここにきてこれで悩むかーという感じだ。 転職前より若干給料は落ちるかもしれない。そのくらいの覚悟は元からしていたけれど、いざその一歩を踏み出すのは少し躊躇がいる。25歳の大卒がその給料でいいのか?とは家族や周りから思われる気もするし追う責任を考えても「ほんとにそれっぽっ
社会の歯車になるはずが、火花をあげて敵を蹴散らすベイブレードみたいな生き方になりはじめている。
・いま、有給を消化している。 土日はデフォルトで休みとしてそこから月火と仕事のない日を過ごしているが、わけあって毎日ベースやドラムをしにスタジオに入っている。というかバンドの練習をしまくっている。 大学生だった時には、こんなことになってるだなんて思いもしなかっただろう。 ・もともと、仕事を辞めたらやりたいことなんて星の数あったはずなのに、今はそれをあまり思いつかない。「自由とは不自由の中にこそある」みたいなレトリックの状態に陥っている。実際のところで言えば、多分仕事以外に
眠れなかった誰かが呟く「おはよう」に混じった諦めは、少しだけ血の色をしている。好きじゃなかったはずのコーヒーの酸味が不思議と好ましく思えてしまったのは、望んだように何一ついかなかった人生を、それでも諦めないことにしたから。前向きな孤独と後ろ向きな覚悟。白い町を生きていく。
日記を書きたすぎる、いろんなことが起き過ぎてる
明日最終出勤日です、ここまで生きてこられました。ありがとう。
時間がない時間がない時間がない死んでしまう死んでしまう死んでしまう
私を安心させてくれるのは、私がよくわかるものじゃなくて、誰にもよくわからないものだった
豊かになんて、なってたまるか。私はもっと遠くに行きたい。