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日常リアル、100均は健康診断

・物干し竿を落とした。
1階を覗き込む。大家さんの洗濯物に、二次被害無し。そして大家さん在宅の気配無し。自分のアパートにはベランダがない。安いから。そして下に大家さんが住んでいる。その1階にはベランダスペースがある。けど庭と呼ぶには狭く、歩きづらそうな大きな茂みがある。その上を見ると、自分が干していたジーンズやバンドのTシャツ、それからさっきまで目の前にあった、鉄の棒が横たわっている。あーあ。洗濯。またしないと。
階段を降りる。大家さんの玄関前をそっと通り抜っ、うっ、鬱陶しい日差し。平日の昼間。周りの家も抜け殻、みたいな静けさ。さっき落とした洗濯物たちと、さらにこれまた茂みの中に1枚、部屋着のシャツが。あ〜、ここにあったか。ラブい部屋着。男がラブいとか言うな。それらを回収して洗濯機にぶち込みに戻る。物干し竿を取りにもう一往復。長すぎるその棒、両先端にあるはずの滑り止めカバーがない。そりゃ落ちるか。いつからなかったんだろう。もしかしたら引っ越した時から。多分そう。マジかよ。よくこういうことがある。「それ気づくの、いま?」みたいなこと。よくもまあ、2年も落ちずに。
どう直そうかと思ったけどとりま100円均一に行けばいい。100均はすごい。どんな時でも、行けば「これ、家にあった方がええやん、ええやん、なんかおもろそうやん、おもろかったらなんでもええやん」というものが見つかる。だから定期的に行くことが大事。無用でもいい。健康診断と同じだ。用がなくてもとにかく定期的に行け。気持ちに関係なく行動を繰り返すというのは、意識の外側を拾い上げるための術である。病気も暮らしも、そうやって早期発見・早期治療をするのがいい。ダイソーが安いのは多分保険が効いてるからだ。

といっても、外嫌すぎる。あまりに暑い。6月半ば、空気がねっとりと色気づいている。許せねえ。怒りを据えて曲を作りながら待った。三拍子のおめでたい曲ができた。17時ごろ、日が暮れてから駅前のセリアまで歩き、そのついでにQ.B.ハウスで髪を切った。2年前は1,100円だったのに、今は1,350円だった。店長の小村さんに切ってもらう。いつもありがとう。何回目かわからない。あと一度も会話をしたことがない。「⚪︎ヶ月前に切ったので、伸びた分だけお願いします」としか自分は言わない。言えないからだ。床屋でも美容室でも、行くと喉がすくむ。そうなると予めプログラミングしていた言語しか発話できない。名前も川村だっけ?小村だっけ?という程度にしか知らなく、鏡に映った名札をチラッとみて、行く度に思い出している。そういえば、この歳になって「人の顔覚えるの苦手なんだよな」ということにやっと気づいた。今月から接客業をするようになって、毎日何十何百と顔を見るのだけれど、常連を見分けることが、中々できない。「じ、常連さんですよね?分かってますとも!」みたいなポンコツ態度を取りまくってしまう。どうやってみんな人の顔を覚えているんだろう。もしよければ、髪型や服をずっと変えないでほしい。となると、風呂キャンセル界隈が希望に思えてくる。あいつらは良くも悪くも変わらない。ずっとそのまま。常に増築(と腐食)を続ける船。テセウスのビッグシップ。というかマクロス。皆さんもマクロスになりましょう。


マクロス。


・結局、百均でビニールテープを買って物干し竿に巻いた。youtubeで大喜利を流しながら、夕日片目に、物干し竿を直す日。


DIY(Do It やわらかテープ)


物干し竿と夕焼け


日常っていうのは、それくらい情けなくて、なんでもない。

だから混沌としていて、目も当てられない。だけど一方で、混沌としているからこそ、目を当てることができた時、優しさを思い出せるし、その時に情けなさも含めて、あなたに会いに行きたくなったりするものだ。




最近は月が綺麗



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