M&Aミステリーラブロマンス短編小説☆『別にブラジャーやおっぱいを透視できるわけではない』
この一か月、ある大企業から投資を受けるための交渉をしている。
さすがに相手は大企業。
ここまでの交渉ではかなりこちらの足元をみてきた。
おそらく、何人もの透視能力者を抱えているのだろう。
透視能力者は、別にブラジャーやおっぱいを透視できるわけではない。
相手の思考を透視できるのだ。
ただし、その能力の効果は数秒だけ。
つまり、極めて重要な場面でしか使えない。
相手が雑念を持っているタイミングに使っても、肝心な知りたい情報は引き出せない。
なので、使い方は非常に難しい。
例えば、「〇〇について、このような考え方はいかがでしょう?」のように具体的な質問をし、相手が否が応にもそれについて考えざるを得ない時に能力を使う必要がある。
しかも、使える頻度は月に一回。
つまり、これは超貴重な能力なのだ。
でも、彼らは、この一か月、ことあるごとに我々の足元を見極めた提案をぶつけてきた。
世界中を見ても能力者自体の数が少なく、またほとんどの能力者がそれを持っていることを公言しないので、普通考えられないことだが、それでも一つの仮説を組み入れると納得がいく。
この大企業は、何らかの手段で、能力者を複数集め、この交渉に投入している可能性があるということだ。
そう感じたおれは、あえて交渉団から抜け、交渉は社長に任せた。
おれが能力者の存在に気付いたことを相手に悟られるわけにはいかない。
だから、社長にもそのことは伝えていない。
ただ、
「今回の交渉では、ドラッグ条項を飲まなければブレイクです」
「今回は、レプワラはこれ以上はできません」
「今回は……」
と、相手に見られるであろう社長の心理に、事前に交渉戦略を埋め込んでおくことで、交渉をコントロールしてきた。
そして、今、最終交渉のミーティング。
議題はバリュエーション、つまり価格交渉だ。
「5%の投資で5億円。これは譲れません。実は、他の企業からこの条件でのオファーを受けています。そのつもりで、交渉に臨んでください」
「そ、そうなのか?わかった。そうしよう」
もちろん、他社がいるなど嘘なのだが。
でもおれは、このまま社長を送り出す。
そして、社長のポケットにこっそりと仕込んだ盗聴器からの会話を別室で聞くことで会議の様子をリアルタイムに把握する。
おれの隣には、秘書に扮したエージェントがいる。名前はハルミ。
「ハルミ、そろそろ出番だ。社長が勝負の質問をしたら、相手の一番偉そうな男から、やつらのバリュエーションに関する考え方を透視してきてくれ」
そう、私は透視能力を持っていない。
当社で唯一それを持っているのが、ハルミだった。
彼女には、この一か月、その力を温存させている。
会議室で、社長が切り出す。
『そろそろ、お互い本音でファイナルアンサーとしましょうか』
おれはハルミを見た。
「出番だ。頼んだぞ」
ハルミは、うんと頷くと、入れたての紅茶ポットとカップセットをもって、会議室に入った。
やがて、帰ってくると、
「5%の投資で5億円は無理だ。せめて、7%で5億。これが相手の最終ラインらしいわよ」
おれは急いで社長にチャットを送る。
たぶん社長はそれを見たのだろう。
『……では、7%で5億。これでいかがでしょう。これ以上は当社も妥協できませんので、無理でしたら他社にお願いしようと思います』
おそらく彼らは社長の本心を透視しに来る。
でも、これが社長の本心だ。
唯一の懸念は、お茶をサーブしたハルミが透視されたか否か。
ただし、回数の限られた貴重な透視の能力だ。
さすがに、秘書に向かって使うほどの余力はないだろう。
『わかりました。その条件で合意します』
おれとハルミは、相手のそのセリフを聞き、ほっとして握手を交わした。
これは、仕事上の握手。
でも、彼女の手は柔らかくてぬくもりが伝わってくる。
そう、おれはハルミが好きだ。
その気持ちを、ハルミに悟られないように、月に1回はかならず透視能力を使う仕事を与えている。
そうでないと、おれの気持ちがばれてしまうからだ。
だから、彼女もおれに際どい質問はしてこなかった。
透視能力者は、透視能力を使えるときに勝負に出てくるものだ。
と思ったのだが……
「課長?課長はわたしのこと、どう思っていますか?」
唐突にその質問を投げてきた。
どういうことだ?透視能力、まだ余っているのか?
いや、そんなはずは。
世界中の研究によって、透視能力は月一回しか使えないことは間違いない事実だ。
であれば、先ほど透視能力は使わなかったのか?
7%で5億が最終ライン……これは透視能力を使った結果ではないということか?
それとも……
そのおれの思考を読んだのか、そうではないのか。
彼女は、優しい微笑みをおれに向けた。
この小説は、M&Aミステリーラブロマンス短編小説です。
断じて、『別にブラジャーやおっぱいを透視できるわけではない』という一文が書きたくて作った小説ではないのです……
あ、透視能力を持っている方、私の心理を透視しないでくださいね♪
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