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16.中枢神経の促通

以前、イヌの再歩行リハビリテーション事業を生業としていた頃、後肢が動かないイヌの神経促通について特殊な運動療法を試行したことがあります。結果、時の経過とともに動かなかった後肢が動くようになったケースが数件ありました。もちろん、どのケースにおいても、脊髄の神経促通機能が一部残っていたのか完全に喪失していたのか、などはっきり検査していたわけではありませんので、私たちのリハビリで中枢神経の完全喪失症状が回復した、などと断言するつもりはありません。ただ、運動療法などを施す努力をしたところ、動かさなかった後肢を動かすようになったケースが数件あった、という事実をもとに、記述します。

当時手掛けたリハビリテーションは、ウォーターセラピーを利用したサイクル運動です。イヌにウォータージャケットを着用させて水に浮かした状態で、飼い主に「オイデ」というコマンドを出してもらい、イヌの左右の後肢を自転車を漕ぐように交互に回しながら、イヌを飼い主に近づけていきます。その時に、肢を動かしている施術者は、リズムよく「1,2,1,2……」と声掛けします。

なぜそんなことをしていたのか。

少し話は変わりますが、筑波大学初のベンチャー企業に「サイバーダイン」という会社があります。ここの主力製品である「HAL」は、ヒトの歩行リハビリ用機器として開発されました。患者に脳から肢を動かせという信号を出してもらい、その信号を受け取ったロボットが、ロボットの力でその患者の肢を動かす、という仕組みで、「錯覚」という言葉は使っていませんが、脳の活動と運動器の動きを同期させることで中枢神経の促通を図り、結果として自分の意思で自分の肢を動かせるようにする、そんなありがたいリハビリ機器なのです。

残念ながら「イヌ用HAL」など夢のまた夢ですが、その考え方を応用したのが、先ほどの水上サイクル運動です。飼い主が「オイデ」というコマンドを出したら、イヌは飼い主に近寄ろうとするだろう、後肢で水を掻くことはできないはずなのに、近寄ろうとすると後肢が動きながら近寄れる、その錯覚で神経が促通される可能性があるのではないか? そう考えたのです。リズムよく声掛けするのも、耳からの情報と実際の肢の動きをリンクさせることが、さらにその錯覚を強めるのではないか、という推測によるものです。

イヌが自分の力でうまく動かせるようになったら、地上運動などを絡めて、地上で再歩行できるようにする、そんなリハビリテーションをやっていました(今はもうやっていません)。結果は前述の通り、数頭のイヌは立てるようにあるいは歩けるようになりました。もちろん、何もしなくても時の経過で歩けるようになっていたのかもしれませんので、これをリハビリの成果だと自慢するつもりはありません。

今では、脊髄梗塞であれ事故による脊髄損傷であれ、HALのみならず、BMI療法やHANDS療法、その他の運動療法などによるリハビリテーションで再歩行できる可能性を信じるヒト医療関係者が増えてきました。医療の進歩は驚くばかりです。

イヌの再歩行リハビリテーションでも、もっと知見が増え、もっと専門施設が増えてくれば、自らの肢で歩けるようになる歩行障害犬が増えるのではないか、と思うのですが、現時点では、それもまた夢のまた夢のようです。

ヒトでも犬でも、普段の歩行時はCPGという持って生まれたシステムのおかげで、ほぼ無意識に交互に肢を出すことができます。でも、時には、イヌに考えながら肢を出させる運動を散歩中のカリキュラムに取り入れて欲しいのです。たとえば不規則な階段の上り下りや飛び石歩行などです。エビデンスのない話ですが、四肢の協調性を頭で考えながら歩かせる、この運動が、イヌたちの中枢神経の神経促通能を維持することに寄与するのではないか、と私たちは期待しているのです。


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