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sp混成軌道って、何だろう?

はじめに

 例えば、以下の反応式を考えてみます。
① C₂H₂ + H₂ → C₂H₄
② C₂H₄ + H₂ → C₂H₆
③ C₂H₆ + H₂ → 2CH₄
 紙の上でだけなら③も書けますが、①と②の反応と違い、③だけは、実際はかなり起こりにくいですね(各反応熱を比較すれば、定量的に示せるはずです)。それはなぜなのか? 各分子の反応性の違いを、化学結合に注目して、より深く説明しようした場合、「混成軌道」の理論が有用です。

 「混成軌道」に関して、大学の先生によって、初学者に対して専門的に解説する記事があります(例えば、下記など)。

 一方、noteの記事には、ルーズリーフにまとめた内容の画像を紹介したもの、有料のものなどがあるようですが、混成軌道を説明した記事自体が、かなり少ない印象です。
 混成軌道を解説したnote記事以外のものとして、例えばYouTubeでは、混成軌道とは、という定義の説明から入り、sp³混成軌道、sp²混成軌道、sp混成軌道が説明されていきます。

 いずれにせよ、化学系大学生の学びにはよいものの、高校生にとっても分かりやすいとは必ずしも言い切れないのかな、と思います。
 なお、諸外国の中には、高校で混成軌道を学ぶ国も多くありますので、そうしたテキストを見れば、おそらくは高校生にも理解可能なはずですが、日本語で書かれておらず、今度は、言語の壁がハードルとして立ち上がりますね。
 ここでは、高校の有機化学を習う頃に、混成軌道を簡単に知ることで、有機分子の成り立ちや反応性をより深く理解できることを目指し、sp混成軌道を、私なりに説明していきたい、と思います。

「混成軌道」

混成軌道というのは複数の種類の軌道が混ざり合って形成される、新しい軌道を表現する言葉です。

  出典⇓

 なるほど、「混成軌道」「混成」には、ざり合って形、という意味があるようですね。
 そして「sp混成軌道」の意味ですが、s軌道p軌道とが混成されてできた軌道だと、ひとまずは考えればよろしいでしょう(混ざり合うなどということが起こるということ自体が、不可解かと思いますが・・・)。

 軌道には、いくつかの種類があります。原子軌道分子軌道は、それぞれ、原子に存在する軌道、原子から分子が形成されたときに生じる軌道、と考えましょう。
 なお、高校化学の教科書では、「電子軌道」という用語を見かけることがあります。これは、原子軌道分子軌道を総称した用語ではないか、と思われます。

 「原子軌道」の中には、さらに、s軌道p軌道d軌道f軌道各軌道があります。ボーア模型における電子殻である、K殻L殻M殻N殻に対応するものと、考えてよろしいでしょう。
 では、なぜ、わざわざ、「s、p、d、f」のように、「K、L、M、N」とは区別するのでしょうか? 取り敢えずは、考え方が、古典力学的(電子殻)か、それとも量子力学的(軌道)かの違いだと理解しておいて、差し支えないと思います。

 以上をまとめると、「sp混成軌道」は、原子軌道の一種であるs軌道p軌道が混成してできた原子軌道の一種、ということになります。

 補足:

混成という考え方は、分子を原子の原子軌道(sとかpとかのAO)を組み合わせることにより、分子の形体をなるべく単純な理論でうまく説明するために人為的に導入されたものであり、軌道の混ぜあわせの現象が実際に起こっているわけではない。あくまで数学の世界の概念として存在している。すなわち、混成は共鳴(両方とも原子価結合法の重要概念)と同じく、現象でも力でも無く、分子を説明するための道具と解釈して下さい。

出典⇓ AO = Atomic Orbital(原子軌道)

sp混成軌道のエネルギー準位

 軌道の混成をエネルギー準位で図示して説明することは、しばしば見られますが、今回の記事では、エネルギー準位の説明は、省略します。省略しても理解できる範囲の説明にとどめます。もし気になられる方は、以下などをご参考下さい。

(参考)

sp混成軌道のかたち

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 上の図に、s軌道p軌道が混成して、sp混成軌道になる概念図を示します。青と白の違いは、位相の違いです。縄を振ると波ができますが、波には、上に膨らんだ部分と、下に凹んだ部分ができますね。電子には、波動性、すなわち波としての性質があるため、上図のように、同じ位相が重なると強め合い、異なる位相が重なると弱まります(混成により、青色の部分が大きくなり、白色の部分が小さくなっています)。

 ここで、気を付けていただきたいことがありますので、大急ぎで付け加えます。上の図だと、ある原子(例えば原子A)のs軌道と、別の原子(例えば原子B)のp軌道が混成しているかのように、誤解しやすいです。これは、結合を表す化学反応式(A+B→A-B)を見慣れていると、よく発生する誤解でしょう。しかし、実際は、ある一つの同じ原子(原子A)の内部で、各原子軌道どうしが混成している(という、数学的操作)のです。以下に示します。重なって見づらいので、本来は重なっている原子軌道どうしを離して書かれる場合が上の図、実際には同じ場所に重なっているので、そう示したのが下の図、とお考え下さい。

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 ここまでで、一応、sp混成軌道の説明は、一通り、できました。

 では次に、アセチレン分子(H-C≡CーH)の電子軌道を考えていきます。なぜアセチレンかといえば、sp混成軌道は、三重結合を考えるうえで、重要だからです。といいますか、三重結合をもつ分子を考えるために、sp混成軌道が案出された、ともいえるでしょう。

 ここまでは、1つの原子内における軌道の混成を考えていました。これからは、2つの原子間における軌道の重なり(共有結合の形成)を考えます。1つの原子でのお話(軌道)か、2つまたはそれ以上の複数の原子でのお話(結合)なのかを、きちんと区別しなければなりません。この区別があいまいになることが、混乱してしまう原因となりうるのです。

 複数の原子間の軌道の重なりを考えるために、まずは、2つの原子で考えます。アセチレン分子(H-C≡CーH)の最大の特徴である、三重結合(-C≡C-)の形成を扱います。まず考えるのが、C原子とC原子との間のシグマ(σ)結合の形成です。そのうえで、C原子とH原子との間に形成されるシグマ(σ)結合も、見ていきましょう。そして、パイ(π)結合の形成は、最後に扱います。

シグマ(σ)結合とsp混成軌道

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 2つのC原子のsp混成軌道どうしが重なって結合ができるのが、上の図で表されています。一つのC原子のsp混成軌道と、もう一つのC原子のsp混成軌道が重なりますが、向きがこれまでの表記とは90度回転しています。
 この時に出来る結合は、シグマ(σ)結合と呼ばれます。σ結合は、s軌道sp混成軌道など、s軌道を含む原子軌道どうしが重なってできる結合です。ギリシャ文字のσは、ローマ字のsと対応しています。
 一方、p軌道どうしから生成する結合が、パイ(π)結合です(詳細は、後述)。sp混成軌道などのように、p軌道以外に少しでもs軌道が混成している結合は、π結合とは呼ばれませんので、お気を付け下さい。π結合は、純粋なp軌道のみで出来ています。σ結合は、少しでもs軌道が含まれていればよく、s軌道以外にp軌道を含む場合もあります。

 さらに、この炭素原子のσ結合を形成しているsp混成軌道に、H原子のs軌道(白色の〇)が重なることとなります。

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パイ(π)結合

 実は、p軌道には、3種類あることを確認しなければなりません。それぞれ、x軸、y軸およびz軸の3方向に向いています。これら3つの軌道どうしは直行しておりまして、C原子の3つのp軌道の内、1つはsp混成軌道に関与していますので、まだ2つのp軌道が、それぞれのC原子に残っていることとなります。下の図は、この残った2つのp軌道の内の一組から、π結合が生成する模式図です。

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 さらに、残り一組のp軌道は、下のように、上のπ結合とは90度ずれた向きで、π結合が生成します。

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 π結合は、σ結合よりも、より外側に広がっているのが、見て取れると思います。

 では、アセチレンC₂H₂が水素H₂と反応して、エチレンC₂H₄を経て、エタンC₂H₆になる変化を、考えてみましょう。
 アセチレンでは、電子の中でも、特に、π結合に存在する電子(π電子)が、σ結合に存在する電子であるσ電子に比較して、分子の中で、より外側にも広がって存在していることになります。電子が分子内で広がって存在するほど、ほかの分子との反応性は、高くなります。そしてこのことは、分子の反応性に、大いに関係しているのです。

 エタンが水素と反応してメタン2分子になる(C₂H₆ + H₂ → 2CH₄)ことは、アセチレンやエチレンが水素と反応するよりも、ずっと起こりにくいです。これは、エタン分子には分子内にσ電子しかなく、電子が原子核間の狭い範囲に集まっており、外からやってくる分子(や原子)とは反応性が低いことで、説明されます。

 このことから、π電子の有無が、上記の各分子である、アセチレン、エチレンおよびエタンの反応性の違いを説明するのに重要であるということが、ご理解いただけることでしょう(エチレンとエタンの電子軌道は、機会があればですが、追って別の機会に説明したい、と思います)。

おわりに

 いかがでしたか? こうした話題について、もっと専門的に知りたい方は、例えば、下記の教科書などをご参照下さい。

※私自身は、高校生だったときに化学が比較的得意(自称)で、大学は理学部化学科に進学しましたが、高校化学と大学化学のギャップが大きく、戸惑った記憶があります。特に、量子化学に関して、ギャップが大きいと感じられました。高校化学がしっかりと頭にインプットされてしまっていればいるほど、大学化学に慣れるのが難しくなると思います。実際、大学では「量子化学Ⅰ」という講義の単位を落としてしまい、翌年、再履修することになってしまいました・・・。

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