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50代を生きる場所、働き方を決める

私こと 50歳の会社員は次の身の振り方を自分で決めました。
 
その決定プロセスは、3つのステップに要約できます。
✅ 香港から出るため、1年以内に移住すると決めた
✅ 移住手段として、転職ではなく社内転勤を選んだ
✅ 役職も部下もない、新しいポジションを見つけた
 
この選択にはいくつかの論点がありました。
順を追って説明したいと思います。


まず、徐々に PRC 化が進み、人が安心して住める場所ではなくなりつつある香港からできるだけ早く脱出すること。それが最優先事項でした。
PRC 本土に住んでいらっしゃる方々には申し上げにくいですが、自由と人権のない国に住むことはできない、と私も妻も結論しました。
それが、今年 2月18日の note 記事『住む国を選べる世界へ』を書いたときのことでした。そのとき「1年以内に香港から出る」と目標を立てました。
 
現在の香港はまだそこまでひどくはありません。しかし、ゆっくり変わっていくというのは恐ろしいことです。ゆでガエルよろしく、気づいたときには逃げ出せなくなっている、となりかねません。
 
香港からの移住先として候補に挙げたのは、日本とヨーロッパでした。
そこでまず、日本の会社に転職する、という選択肢を考えました。
しかし、今さら日本の会社で働くイメージがどうしても描けませんでした。日本の働き方に対する不信感が根強かったからです。
妻に相談したら「そもそも日本に帰る気なんかねーし」とあっさり言われ、理由は違うのでしょうが、意見の一致を知りました。

起業やフリーランスには興味なし。
よって、日本以外での転職か社内転勤、という 2択になりました。
このとき考えたのは、
社外転職のメリット:新たな環境、人との出会い、収入アップの可能性
社内転勤のメリット:社員のネットワークとノウハウを最大活用できる
 
あまり迷うことなく、社内転勤だな、と考えました。
新たな環境や人と出会うことも魅力的ではありましたが、今の会社で築いてきたものをゼロクリアするのはもったいなさすぎる、という考えのがはるかに強かったからです。50歳という年齢も大いに関係していると思われます。
それに、転勤の選択肢が多いことこそ、世界中に拠点をもつグローバル企業の利点、というシンプルな事実を思い出しました。
 
転勤を希望するとき、社内公募 (job posting) という仕組みがあります。
しかし、私の年齢と役職になると、適切なポジションなど公募に出てこないのです。つまり、現職と同等かそれ以上のポジションは、社内公募の対象外なわけです。
 
立ち止まってじっくり考えたくなったのは、そのときでした。

ポジションって、なんだろう。
自分は役職とかステイタスにこだわっているのか?
日本の会社で言えば、係長 ⇒ 課長 ⇒ 部長 ⇒ 重役、のような階段を上っていく、そんな生き方だったっけ、俺。
 
企業だけに限らず、人間の社会は組織というものをつくり、それはたいていピラミッド型ヒエラルキーになっていて、そこには階層という構造がある。そんな無機質な人工物をあたかも所与のものとし、作られた階層を一段一段昇ってゆく・・・誰が決めたんだろう、そんなルーティーン。
 
それは、固定観念と対話するプロセスだったと思います。
順調に出世して、権限とステイタスと収入を上げていくことが会社員の誉れであり幸せ、という固定観念。
そんな固定観念に縛られながら 25年も生きてしまった。人生の半分かよ。
もういい加減やめようぜ。
いろんなものを脱ごう。
役職も権限も責任も。
上司とか部下とか、敵とか味方とか、そんな人間関係ももうたくさんだ。
もっと自由に、楽しく、気の向くままに働きたいんだ。一兵卒として。
 
「会社員は、役職が上がるほど、仕事のブルシットさが増す」
という長年の疑問にケリをつけた瞬間でした。
 
私は、スイスの本社にいる上司 Tom に、腹を割って話すことにしました。

Tom は、私の話を神妙な表情で聞いていたが、急に笑いだした。
 
私「なんで笑ってんだよ, Tom」
Tom「いや、すまん (笑) じつは俺、近いうちにアーリーリタイアするんだ。そしたら、おまえをスイスに戻して俺の後任にする予定だったんだよ」
 
それ、もっと早く言えよ、とも思ったけど、もう私に迷いはなかった。
 
私「その話は聞かなかったことにする」
Tom「・・・・・・。もっと早く話すべきだったかな」
私「いや。もういいんだ。いろいろ考えて決めたことだから」
Tom「そういうことか。おまえの考えはよくわかる。俺が辞めることにしたのも同じ理由だからな。それで思わず笑ってしまった」
 
それから Tom と他愛のない雑談をした。そして Tom が言った。
 
Tom「で、どうしたい?」
私「job posting は使えないよね。どっかに適当な仕事ない?」
Tom「おまえが受けないなら俺の後任は Sinem にする。彼女のアドバイザーになってくれないか?」
私「アドバイザー? そんなポジションないだろ」
Tom「つくる。タイトルもない。部下もいない。そのほうがいいんだろ?」
私「ボスは?」
Tom「Sinem になるな。さすがにボスのいないポジションはつくれない」
 
Sinem か・・・悪くない。
またスイスに住むのか。妻はハッピーだ。娘たちは「どこでもいいよ~」と言うんだろうな。

日本の会社に役職定年(ポストオフ)という制度がありますよね。
当社にはそのような制度はないけれど、私はそれを自らの意思で決めたようなものです。
通常のポストオフは 55歳らしいので、いわばアーリーポストオフですね。
30代だった頃は、自分がこのような選択をするとは想像もしませんでしたが、最良の選択だ、と今は言えます。
やっと、自分の本当の心に正直になれたからだと思います。

(追記)
後日譚です。

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