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コロナよりも危険なウィルスに警鐘を鳴らしたい。~民族主義・排外主義が加速する理由~

 ミネアポリスの警察署が燃え、人々が歓声を上げているシーンをCNNのニュースで見ながら、映画「ジョーカー」のラストシーンを思い出していました。
 トランプ大統領は、かつて公民権運動を弾圧したマイアミ市警トップの有名な言葉を用いてこんなツイートを投稿:「暴徒たちはジョージ・フロイド(今回の暴動のきっかけとなった、警察の暴行により亡くなった黒人男性)の名誉を傷つけている。そんなことは起こさせない。さっきティム・ウォルツ知事と話し、軍隊は彼とともにあると伝えた。いかなる困難があろうとも、我々はコントロールする。略奪が始まれば、銃撃が始まる。以上!」。これに対し、ツイッター社は、暴力を称えることを禁じるルールに違反したとしてこのツイートを非表示に。そして、暴動は全米に広がる・・こんな、映画をも超える展開が、現実に、「世界最強の国」で起こっていることに頭がクラクラします。
 アメリカの大統領選の結果にロシアの宣伝工作が影響を与える時代、この暴動は白人vs黒人という単純な構図では語れませんが、これが単発的な事象ではなく、背景にトランプ政権下で加速した人種間・階層間の分断、さらには世界的に進んでいる構造的な分断があることははっきりしています。

民族主義・排外主義の拡大

 新型コロナウィルスは、既に世界で40万人近い人々の命を奪っている恐ろしいウィルスですが、私はもう一つの、とても強い感染力をもち、相当に性質(たち)の悪いウィルスを恐れてきました- 民族主義、排外主義のことです。ホロコーストの例を引くまでもなく、人類の歴史は、疫病以上に、このウィルスにおびただしい数の犠牲を払ってきました。
 今後、この民族主義、排外主義が世界的に広がり、各地で危険な人種間・民族間の分断が加速していってしまうだろうという悲観的な観測を持たざるを得ない理由が少なくとも3つあります。

1)移民と難民の急増
 まず、ここ20年ほど進んできた大きな構造的な要因として、移民と難民の増加があります。全世界の国際移民の数は、2019年に2億7,200万人と、2010年から5,100万人増加したものと見られています(国連広報センター)。受け入れているのは欧米諸国と中東の産油国で、欧米諸国では人口に占める国際移民の比率が2000年から2017年の間に軒並み大きく上昇、アメリカでは10.7%から13.5%に、ドイツでは12.5%から15.5%に、スペインなどは4.9%から13.0%に増加しています(OECD)。
 難民・避難民は、この20年間でほぼ2倍に増加、2018年に全世界で約7080万人、世界の総人口比で1000人当たり9.3人に達しました。これは、シリア内戦によるところが大きいですが、難民受入数が最大なのはトルコ(370万人、4年連続1位)、次いでパキスタン(140万人)、ウガンダ(120万人)、スーダン(110万人)、そして、メルケル首相のリーダーシップの下で積極的に受け入れてきたドイツ(110万人)となっています。この移民と難民の急増は社会の緊張関係を増しています。
 
2)コロナ禍による偏見と差別の増幅
 次に、より直近の影響として、コロナ禍により、人種的・宗教的な偏見や差別が助長されています。ヒンズー教徒が主体のインドでは、イスラム教徒がコロナを拡散しているとして差別され、イスラム教徒が主体のパキスタンでは、少数派のシーア派がコロナをイランから持ち込んできたと迫害されています。本来、新型ウィルスは人類共通の敵であり、団結してこの共通の敵に臨みたいところですが、ウィルスという見えないリスクに対する不安の中で、流言飛語も飛び交い、危機はむしろ人種間・民族間の不信と分断を増してしまっています。(そして、アメリカやブラジルなど、それを国のトップが先導している国々があるのが、時代の混迷を象徴しています。)

3)不況による失業率の悪化
 さらに大きな問題はこれからです。コロナ禍により、世界経済は不況に見舞われていますが、今後、各国で失業率が悪化の一途を辿ることはほぼ確実です。米国では既に4月の雇用統計で失業率が戦後最悪となる14.7%に急上昇、就業者数も前月から2050万人減と過去最大の減少となっており(米国労働省)、失業率は今後20%を超えるだろうという目を疑う数字も報道されています。コロナ禍が時間差で各国を襲った後、失業の波が追い打ちをかけていくでしょう。失業率が悪化した社会では、これも、ワイマール共和国下のナチスの躍進を引くまでもなく、職を失った人々の怨嗟が移民や他の人種に向かうのは歴史の常です。

各国の状況

 この悪化する一途の民族主義や人種問題は、既に長く、多くの国で明らかな兆候として表れています。具体的にいくつかの国の状況を見てみましょう。

アメリカ:まず、アメリカでは、今回のミネアポリスの事件を発端とする暴動に見舞われる前から人種間の緊張が高まっていました。オバマ政権下で低下傾向にあったヘイトクライム(憎悪犯罪)は、トランプ大統領就任後の2017年から急増し年間7175件(前年比+1054件)、2018年も7120件と高止まりし、その80%は人種的偏見と宗教的偏見によるものが占めています。
 ネオナチを名乗るグループを含む白人至上主義グループの数は増加し、200を超えると言われます。2017年夏、シャーロッツヴィルで行われた“Unite the Right Rally”(右翼結集集会)には、多くの白人至上主義支持者が集結し、スワスティカ(ナチスのシンボル、かぎ十字)を掲げ、書くのも憚られるような反ユダヤのスローガンや「ロシアは友人だ」などのシュプレヒコールを上げました。デモに反対する人々との衝突の中で、一人の白人至上主義者が反対派の集団に車で突っ込んで20名を死傷させ、緊急事態宣言が出される事態に発展しました。(ここでも、トランプ大統領による、白人至上主義者もデモ反対者も「双方とも素晴らしい人々」という発言が物議を醸しました。)国家安全保障省は、2019年、白人至上主義グループによるテロを、国家に対するテロの脅威リストに加えました。
 このような右傾化、白人至上主義者の増加が、失業率が低下傾向にある中でも進んできたのがなお懸念されるところで、ここに今急速に進んでいる失業率の悪化が加われば、この傾向に拍車をかけてしまうでしょう。

ヨーロッパ:最も積極的に難民・移民を受け入れてきたドイツでは、移民排斥を掲げる極右政党AfD(ドイツのための選択肢)が、2013年の創立から急激に支持を伸ばし、今や、連邦議会の第3政党に伸長、旧東ドイツでの得票率は20%を超えて第2勢力となっています。
 そして、さらに懸念されるのは、ドイツ軍の中に極右主義者が少なからず現れていることです。今月、自宅に武器を溜め込んでいたコマンド部隊の男が逮捕されました。ドイツ政府諜報部門の発表では、ドイツ軍内で27名が極右主義者として特定され、昨年は592件の関連事件が発生しています。
 極右政党の伸長はドイツだけの現象ではなく、移民・難民の増加に伴い、欧州各国で顕著で、オーストリアでは「自由党」、フランスでは「国民連合」(国民戦線から改名)、ベルギーでは「フラームス・ベラング(VB)」が反移民を掲げて勢力を伸ばし、さらに、移民や難民に寛容な国として知られてきたスウェーデンでも、2018年の選挙でネオナチの系譜にある反移民・難民を掲げる極右「スウェーデン民主党」が躍進し、世界に衝撃が走りました。

インド:ヒンズー至上主義を掲げるモディ政権が、昨年から、少数派イスラム教徒を標的にした強硬策を相次いで打ち出しています。8月にはイスラム教徒が多く住む北部ジャム・カシミール州の自治権を剥奪し、12月には、不法移民に国籍を与える措置の対象からイスラム教徒を除外する決定を下し、全土で大規模なデモ・暴動に発展しました。そして、このコロナ禍でのロックダウンの中で、ニューデリーのイスラム教徒コミュニティでクラスターが発生したとの報道を受けて、国民の間でイスラム教徒への不信が増幅、イスラム教徒が意図的にコロナウィルスをばら撒こうとしているとして、ソーシャル上は”Coronajihad”(コロナ聖戦)という言葉まで飛び交う状況です。

 各大陸の主要国の状況を駆け足で眺めただけでも、暗澹たる気持ちになります。ファクトベースでなるべく客観的に書こうと努めましたが、キーワードを打って出てくる言葉と画像に滅入ってしまいそうになる、簡単に呑み込めない現実に溢れています。
 そして、それは対岸の火事ではなく、翻って、私たちの国でも、この危険な兆候は表れています。内閣府が毎年実施する「外交に対する世論調査」で、昨年、隣国である韓国に「親しみを感じない」という人が急増し、調査開始以来最高の71.5%にまで達しています。

私たちは何ができるか

 このように、歴史上散々繰り返されてきた過ちをまたもこの21世紀に繰り返してしまいそうな危うい現実を前にして、日本にいる私たちは何ができるでしょうか。正直、構造的な問題であり、残念ながら直接できることは少ないと悲観的にならざるを得ないのですが、3つ、絞り出して提起したいと思います。

 まずは、このような現実を現実として知り、目を凝らしておくことだと思います。悲劇の多くは、”知らない”ことに端を発しています。人種的な偏見や恐怖も、相手を知らないことによることが多いと思います。このような人種問題が起こっていること、また、関心のない、もしくは、好い感情を抱いていない国や民族について、偏見や先入観を持たずに知ること。
 この点、コロナ禍の中で、自国のパンデミックのことで精一杯で、また報道関係者の移動や取材も制限されていることから、国際報道が減っていることを危惧しています。一人一人が自ら積極的に国際ニュースを入手するよう心掛けることが必要になります。

 次に、その情報源を意識的に多様化することが大切だと思います。いつもの新聞、いつものニュースサイト、またはソーシャル上の知人の投稿のみからでは、どうしても情報の幅もその見方も偏ってしまいます(特に「パーソナライズ」技術によりそのリスクは増しています)。とりわけ国際報道は、フェイクニュースを作ることで生計を立てている人が多く生まれているとすら言われており、意識的に、それも敢えて党派や主張が異なる報道機関から情報を入手することが大事だと思います。

 最後に、自分への戒めも込めて、自分が意図するとせざるとにかかわらず、偏見をまき散らさないようにしたいと思います。世の中、大抵のことは、白黒で言えるほど単純ではなく、分かりやすさ=正義ではない(ここがマーケティングと異なるところですね)ということを念頭におき、何らか政治に関する発信をする際には、自分の考えは偏っていないか、逆の立場から見たらどうなのか、常に複数の視点から確認することが大切だと思います。(その結果、言説はバランスとともに“刺激”も取れて、ある意味「つまらない」ものになってしまうかもしれませんが、政治の分野で"刺激的で面白い"言説が孕む危うさ、そしてそれが溢れすぎた結果このような分断を招いていることを省みるべきでしょう。)

 今回は、人種間の分断を取り上げましがが、世界的に進んでいる分断は人種間だけではありません。持てる者と持たざる者、「保守」と「リベラル」、都市と地方、さまざまな分断が亀裂を増しています。映画「ジョーカー」で描かれた分断も、人種間というより階層間のものでした。あらためて、あの映画の凄みを思いながら、微力ながら亀裂をつないでいくための仕事をしていきたいと思う憂鬱な週末でした。

*所属する組織を代表するものではなく、すべて個人の見解です。

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