川
今日も5時半に起きて顔を洗い、そそくさと着替えてバイトへ向かう。
交通警備の単発バイトなので朝は早い。
会社の車をベテラン従業員が運転して現場へ向かう。まだ7時過ぎだ。
*
車の中で揺られていると、窓から大きな川が見えた。
よく見ると、一枚の葉っぱが上流から下流へと、
ゆらゆらと流れていく。
そこでちょうど渋滞に差し掛かったので、
その葉をしばらく観察することになった。
止まらない川、止まらない葉。
石にぶつかっても、木の枝に引っかかっても、
水圧に押され、どんどんと流されていく小さくて薄い一枚の葉。
気づけばかなり長い時間、まだ眠い目でその葉を追いかけていた。
*
そうしていると渋滞が終わり、また車が進み出した。
視線を戻すと、目の前にも大きな川が流れていることに気づいた。
国道だ。それは国道という道路ではなく、川なのだ。
誰かの指示や命令が水圧となり、押されるように前へ前へと進んでいく車。
向かいたくもないのに、行きたくもないのに。
本当はハワイのビーチやスイスの牧場や、
エベレストの山頂に行ってボーーーッとしたいのに。
日々の生活、人間関係、目に見えないウイルス、家事、仕事、仕事、仕事。
それらどうしようもない圧力で溢れかえるこの窮屈な世界から離れて、
誰もいないどこか広い場所へ逃げ出したいのに。
ふと、さっきまで見ていた一枚の葉っぱが、今乗っている車と重なった。
この葉はどこへ向かうのだろう。どこまで流され、どこで止まるのだろう。
あの葉はどこを、何を目指していたんだろう。
その脆く薄っぺらく小さな体で、これからどんな景色を見るんだろう。
*
世間という目に見えない大きな川を僕らは流れている。
毎日毎日。
朝から晩まで。衝突を繰り返しながらも、絶え間なく流れていく。
そんな「川」に流されることなく、時にはアクセルを思い切り踏んで、
時には急ブレーキで立ち止まって、時にはガソリンを足して、
大切な誰かを助手席に乗せて。
細く脆く、頼りないハンドルとともに、
自分だけの「目的地」へと向かって行きたい。
5年、10年、20年。何十年かかってもいい。
渋滞も事故もあるかもしれない。
けれど、それも全てエンジンにして、進んで行きたい。
*
「もうすぐ到着しますよー。」
そんなことを考えていると目が覚めた。
いつから眠ってしまったのだろうか。
まだぬるい春風がそろろと吹いて、少し背中を押された気がした。
今日はどこの現場だろう。
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