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511 オリンピアンやパラリンピアンを先生に

はじめに

文部科学省が来年度から実施することを発表した取り組みがあります。その一つが、オリンピックやパラリンピックへの出場経験がある選手を教員として登用することを支援するという方針です。
簡単に話してしまうと公立学校の教員数の枠を超えて採用できるよう財政措置をするというものです。今日の教育コラムでは、このオリンピアンやパラリンピアンに対して特別免許状を出して授業や部活などの取り組みにこの経験を活かしていってほしいという取り組みについて少しお話してみたいと思います。

どんな政策なの?

文部科学省が今回進めている内容は、オリンピアンやパラリンピアンらを教員として採用するための新たな促進策となります。このために発行するのが「特別免許」というものです。この仕組みにより教員として公立学校に配置される場合には、現在の教員定数に加えて採用枠を増やすのです。今後、この仕組みを利用して教職に就きたいと希望するアスリートのリストが作成され、現場に教員として配置されていくことが促進されていきます。この促進策が持つ意味は非常に単純で、以前から存在していた特別免許状のしくみをオリンピアンやパラリンピアンがあまり活用していなかったことを改善していく狙いがあります。
特別免許状の目的は、多様な教員の受け入れを促進していくことです。社会人の中で高い専門知識を持つ人間をいくつかの教科に限定した形で採用します。今回の場合は、アスリートですから、保健体育や部活動を担当することなどが想定されるでしょう。
この特別免許状の仕組みそのものは、1988年に制定されたもので、約2800件ほどの事例がこれまでに存在しています。基本的に都道府県の教育委員会が教員免許を持っていない社会人の中で学校教育での活躍を望んでいる専門的な技能や知識、経験というものを有している人に発行しているものです。

賛否両論

さっそく否定的な意見を述べている団体や個人が目立つ今回の文部科学省の通知ですが、私は特別免許状のしくみそのものに当初から賛成の立場でした。それは、学校の先生の多様化が必要だからです。現に語学の学習では、教員免許状が無い方でも教壇に立ち、教員免許を持っている教師と組んで英語や中国語の指導に当たっているケースは多く見られます。ダンスなどの指導についても専門的な立場から指導に当たられている事例もあります。音楽や美術、情報などの学習でも同様に専門性が大きな教育効果を生み出しています。
また、オリンピアンやパラリンピアンとしての失敗や挫折や成功、国際社会との関りなど社会人としての経験以上のものが大いに教育に活かせることが予想できるからです。
金メダルを取った方は、もしかすると別の活躍の場でそうした経験を講演されたり、指導に役立てることができるかもしれません。しかし、努力がメダルという形で報われなかった選手たちもその道の極致に立たれていたのは間違いないですし、むしろそうした経験は、多くの中学生や高校生が部活動などを通して経験する挫折や失敗に通じるのではないでしょうか。
指導者として、生徒の心を理解することができる経験を有している人間がその道の専門性を活かして指導に当たることは、むしろ理想の教育の一つとも言えます。
否定的な大きな論調として教員は一芸に秀でているだけでは務まらないという意見です。私は、現在小学校でも教科担任制が進んでいる現状を素直にとらえる必要があると感じます。
一芸に秀でているとはズバリ、教科担任制なわけです。得意な教科を得意な人間が専門的に教えるこの延長線上にあるのが一芸を極めたオリンピアン・パラリンピアンがその経験を通して教育活動をすることだと思うのです。
また、一方で体育教師ともなれば複数の種目や保健的な内容についても授業をする必要があります。そうした場合、自らの経験を活かしてどこまで他の種目の指導ができるのかは課題になるかもしれません。
しかし、どのような教師であれ日々学びながら教材研究をし、教科書や副読本なども用いて指導しているはずです。遅かれ早かれその都度学びながら授業を準備しているすべての教師とそういった意味では大差を感じないのは私だけでしょうか。
また、批判的な意見の中には根拠に乏しいものも多くあります。教員はマルチに色々な事が出来なければならないという極論です。水泳、球技、器械体操、武道、ダンスなどなど学校教育で学ぶものは多岐にわたります。そうした同じ科目であっても指導の内容は多く存在しますのでもちろん得手不得手はあるでしょう。これはほかの教師にも言えることです。年齢やその時の体力的な面、個人差があるのがそもそもの教育の現場なのです。
また、クラス担任はできるのかであるとか不登校の生徒の対応はできるのかなど様々な課題が指摘されていますが、この点については現状の教師であっても不登校の問題は解決するどころか増え続けていますし、クラス担任の業務はコツはありますがオリンピックに出るほどの苦労はありません。

免許の重み

教員免許の取得にはそれなりの手間と時間とお金がかかっています。どんな大学でもいいわけではなく、教員免許の取得には厳密に定められた必要な単位があるのです。その中には、教育実習を経てやっと手に入れる単位もあります。そんな教員免許の重みが減るという意見が聞かれますが、私はむしろ逆でオリンピックに出ることに匹敵する価値があると証明してもらったような気さえします。
免許というものは、それを所持しているものに許可されている資格です。つまりその免許を取得する方法が他にもあることが許されている法律があるわけですから、決して規定なく発行されているというわけではないのです。
もしも、取得の方法に差があることで損得を考える人が多いのであれば、もしかすると一般的な取得方法、つまり大学で教員免許を取得する方法を経由して教員になる方法やそのための費用を支援することも考えられるかもしれません。
しかし、現実には、今言った方法は時間も手間もかかります。実際にオリンピックに出場しその後に大学に行き家族を養いながら免許を取得するとなると相当な負担がかかります。そのような状況でオリンピアの中に教員になりたいという人が増えるでしょうか。
私は、この人材としての価値を教育に参画してもらうことで大きな変革が生じることを期待します。それは、通常の教員の業務を代行する様な人材ではなく、特別免許状の趣旨を達成するものであっていいはずです。

アスリート出身の政治家の悪評は関係ない

今回のオリンピアンとパラリンピアンの教育現場への活用について否定的な意見のもっと卑劣な意見は、アスリート出身の政治家の悪評を根拠にした意見です。
反論するわけではありませんが、現職の教員の性犯罪やハラスメントによる懲戒処分の件数を見てみます。児童生徒らへの性犯罪・性暴力で懲戒処分を受けた教員の数だけ見ても、2019年度は126人、2020年度は96人、2021年度は94人と年間に約100名は懲戒処分を受けています。
さらに、性暴力やセクハラで処分された公立小中高校などの教員の数となると年間に240人を越えています。この数は、10年連続で年間に200人を越えるという数字になっています。
こうした現状は大きな問題で、2021年5月には児童生徒に性暴力などをした教員を学校現場に戻さないようにする「教員による性暴力防止法」が成立しているほどです。つまり、教員自体がこうした犯罪を多発しているにも関わらずまるでオリンピアンの行いが悪いかのような指摘をすることに何の意味もないということを証明しているのです。
ここでは、児童生徒への心理的な負担も大きくなる性犯罪の件数に限定していますが、懲戒処分や訓告などの処分を受けている教員は年間で約4700人にも上るのです。

広がる特別免許状

最も多くの教員をかかえている東京都教育委員会では、特別免許状の授与件数は約700件です。外国語の指導に当たるALTをはじめ、様々な教科指導の補助を行っていた方々が特別免許状で教職についています。
長野県でも来年度の令和7年度から公立学校教員募集の受験資格として、博士号取得者であれば、普通教員免許状を持っていなくとも特別免許状を受けることで採用するという試みを始めます。教育県として名高い長野県でのこうした取り組みは今後の日本の教育現場での教師の在り方を大きく発展させていくものだと感じます。

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