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なぜ「編集」を「工学」するのか『才能をひらく編集工学』【無料公開#3】

8月28日発売の『才能をひらく編集工学』より、本文の一部を無料公開します。「編集工学」とはなにか、「編集工学」におけるものの見方・考え方を知ることができる第1章「編集工学とは?」と第2章「世界と自分を結びなおすアプローチ」を公開予定です。今回は第1章より一部を公開いたします。

なぜ「編集」を「工学」するのか

「編集工学」は、いまから30年ほど前に松岡正剛によって創始されました。

70年代にオブジェマガジン「遊」を創刊し、先鋭的な編集技法と縦横無尽な知の往来で、多くの知識人やクリエイターに影響を与えてきた松岡正剛は、あるプロジェクトを契機として、その超領域的な思索と研究を統合する情報文化技術としての「編集工学」を構想します。

そのプロジェクトとは、電電公社が民営化しNTTが誕生したことに伴う記念事業の一環で「〝情報〞と呼ばれるもの一切の歴史を編集する」というものでした。

その成果は『情報の歴史』という一冊の書籍にまとまりますが、象形文字から人工知能にいたるまでの2000年間の「情報」の諸相を、膨大な暦象データの布置と分類と見出しによって表現した、前代未聞のクロニクル・ブックとなりました。

こうした活動の中で、松岡正剛は「知識工学」でも「情報工学」でもなく「編集工学」という新たな方法知の領域を構想し、1987年、「編集工学研究所」が創設されました。

「編集工学」は、生命のふるまいから人類の歴史まで、人間の認知から表現まで、哲学からシステム工学まで、文化から宇宙論まで、何もかもを「編集」という共通の方法論でつなぐ柔軟な器となっていきます。

そこには、さまざまなジャンルの人々や知見や可能性が出入りし、多くのプロジェクトが立ち上がっていきました。その活動や思想や文化が、現在の編集工学研究所へと続いています。

なぜ「編集」と「工学」があわさる必要があったのか?

編集工学の「工学(エンジニアリング)」を、松岡は「相互作用する複雑さを相手にしていくこと」だと言います。

この「複雑なものを複雑なままに扱う技術」として、編集工学もまた時代の流れとともに進化をしてきました。

構想から30年、複雑さが自明のこととなった現代社会において、改めて編集工学の可能性に注目が寄せられています。

いまわたしたちを取り囲む大量の情報は、さまざまなテクノロジーの進歩によって、何重にもかつ自動的に編集された状態にあります。

Googleのアルゴリズム、パーソナライズされたニュースメディアの記事、SNSの小窓越しに流れ込んでくる世相、そうした情報がほぼ空気のようにわたしたちの認知を包んでいます。

人間の外側で情報を扱う「工学」的な力が指数関数的な速さで進歩を遂げていく中で、わたしたちの内側にある「編集」の力は手つかずのままにある。

容赦なく流れ込む情報に対して、人間の内面があまりに無防備に放っておかれているとも言えます。

情報リテラシーや情報倫理教育といった課題対応型の手当だけではもはや追いつかないような、根本的な認知の危機にさらされているとも言えるかもしれません。

生命活動のOS(オペレーションシステム)とも言える広義の「編集力」を、「方法」として工学的に読み解くことで、人間が携えるべき基本的な能力の仕組みを明らかにし、改めて装填し直していく。

「編集」を「工学」することによって、あるいは「工学」を「編集」することをもってして、相互作用する複雑な世界の中で、人間に本来備わる力が生き生きと立ち上がっていくことを、「編集工学」は目指しています。

そして、この「人間に本来備わる力」というのは、その現れ方がひとそれぞれに違うはずです。おそらくこれを、「才能」というのだと思います。


著者プロフィール

安藤昭子(あんどうあきこ)

編集工学研究所・専務取締役。出版社で書籍編集や事業開発に従事した後、「イシス編集学校」にて松岡正剛に師事、「編集」の意味を大幅に捉え直す。これがきっかけとなり、2010年に編集工学研究所に入社。企業の人材開発や理念・ヴィジョン設計、教育プログラム開発や大学図書館改編など、多領域にわたる課題解決や価値創造の方法を「編集工学」を用いて開発・支援している。2020年には「編集工学」に基づく読書メソッド「探究型読書」を開発し、共創型組織開発支援プログラム「Quest Link」のコアメソッドとして企業や学校に展開中。次世代リーダー育成塾「Hyper-Editing Platform[AIDA]」プロデューサー。共著に『探究型読書』(クロスメディア・パブリッシング、2020)など。

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