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真夏のカレー屋奮闘記


1思いがけない挑戦

蝉の鳴き声が耳を刺すような7月の午後、私は友人の熱心な勧めに負けて、インドカレー料理店でのアルバイトを始めることになった。財布の中身は寂しく、接客は苦手。そんな私がカレー屋で働くなんて、まるで悪い冗談のようだった。私以外は全員ネパール人という環境に、さらに緊張が高まった。


2震える手と消えゆく自信

最初の接客で、注文を取ろうとペンを握った瞬間、手が震え出した。文字を書こうとすればするほど、線は歪み、数字は踊った。客の目が刺さる。冷や汗が背中を伝う。何とか書き終えたメモは、まるで暗号のようだった。案の定、調理人が私のもとへやってきて、「これ、なんて書いてあるんだ?」と尋ねてきた。自分で書いたものなのに、読み上げることすらできない。恥ずかしさで顔が熱くなった。


3舌打ちの音色

同じ接客担当のネパール人女性は、私の不器用さを見かねたのか、度々舌打ちをした。その音は、私の耳に鋭い刃物のように突き刺さった。彼女の目には軽蔑の色が浮かんでいるようで、私はますます萎縮していった。


4消えた飲み水の謎

ある日、喉の渇きを潤すために置いておいた飲み水が、気づけば姿を消していた。誰かが勝手に捨てたのだ。置いたはずのものが、迷惑だったのだろうか。店内の空気は、私にとってますます重くなっていった。


5夏の終わりと共に

8月末、蝉の声が弱まり始めた頃、私のバイトも終わりを告げた。短い期間だったが、まるで長い夢から覚めたような感覚だった。この経験が私に何をもたらしたのか、その時はまだ分からなかった。ただ、二度とカレーを同じ目で見ることはないだろうと、確信していた。

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