工作員、ティーナに会いに行く④
本記事はたった二泊三日の一人旅をこれでもかと言うほどのスローモーションでお届けしているワルシャワ紀行の続きである。
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前回はたった四時間ほどの間の出来事を4000字以上に渡って書き連ねたのだが、今回はもうちょっと簡潔に行けたらいいなとは思っている(例の如く思っているだけ)。どうあれ、最終回にならない感は既に書き始めでムンムンに漂っていて、ご容赦いただければ幸いである。
目指すはSOHO ART CENTER
旧市街広場でズキンガラス観察を堪能した後、予定通り9時半前に没入型クリムト展(Klimt - Immersive Exhibition)が行われているギャラリーへ向かうべくトラムに乗った。
最寄りの駅で降りたはいいが、ここでも私は迷走した。知らない土地で迷った話をグダグダ書いてもお読みになる方は全く面白くないはずで、私としても恥を晒すだけなのだが、簡単にどう迷走したのか記述しておくと、「SOHO ART CENTER」を目指せばすんなり行ったものを、目的地を「SOHO」としか認識していなかったためSOHOと名付けられた広大な敷地をぐるぐる徘徊、それでもギャラリーが見つからない、という状態に陥った。詳しく説明していると読者様を混乱させるだけの下手くそな日本語の羅列になるので、超簡略化すると、ART CENTERには独立した入口があって、私が来た方向からは到達できないところから入るようになっていたということである。
今そのような説明ができているところからして、結果的にはクリムト展の会場を見つけられたわけなのだが。
迷ったわりには10時ちょっと過ぎには着いて、お客さんとしては三番乗りだった。
クリムトに没入
入場券を買って(と言うより入場料を払って、に近い。渡されたチケットはレシートのようなものだった)中へ進むとまずクリムトの生年から没年までの年表が本人の写真、作品の写真と共に壁づたいに展示されており、その奥へ進むと左手にVRで作品が観られるらしい眼鏡型の頭に装着するマシーン(日本語でこういったものを何というのだろう……後で写真をお見せする)が置いてあるスペースがあり、右手のほうへ進むとクリムトの代表的な油彩の原寸大の複製、その奥に没入型展示の大会場がある。
この辺りは言葉で説明されてもピンと来ないと思うので、ギャラリーを出る直前に上方から撮った写真をお見せしたい。
とにかく一刻も早く「没入型」を体験したかった私はVR眼鏡は後回しにし、複製展示もざっと見て、複数のスクリーンと四方の壁、床に作品が”展示”されるという大会場に向かった。
なんと一番乗りだったらしく、中にはまだ誰もいなかった(私の前に来ていた二人はVR眼鏡と複製展示のところにいた)。
とき子さんが大阪で体験された没入型美術館と同じように通常の椅子の高さの座席と、寝そべってしまえる大きなクッションのようなものが会場をぐるっと囲むように置いてあった。
最初は椅子に座ったのだが、その高さだと、写真でもお分かりいただけると思うが、プロジェクターの光がまともに顔に当たってしまうので、暫くして寝そべりクッションに座り直した。
この『Klimt - Immersive Exhibition』は既にトロント、ニューヨーク、ロンドンなど世界の大都市を回っていて、今現在ワルシャワに来ている、ということらしい。
それならプラハにも来る可能性は大きいのでは?
全然「ワルシャワならでは」でも、「今回の旅ならでは」の訪問先でもないのでは?、と思われるかもしれない。
しかし、私にとっては充分すぎるほど「ワルシャワならでは」の展覧会だった。同じものがプラハに来たところで、私は行こうと思わなかったと思う。「だって、本物のクリムトは観られないんでしょ?」とかなんとか言って。特にプラハ内は情報を簡単に目に耳にすることができるので、常に「優先すべき展覧会」が点在している。
そしてこの没入型クリムト展、具体的に何を見せてくれるかと言うと、クリムトの作品を映写しながらクリムトの生涯についてナレーションが流れるというもの。
え?ナレーション?
ええ。もちろん、ポーランド語で。
ポーランド語はスラヴ語の中でもチェコ語と同じ西スラヴ語に属し、スロヴァキア語と並んでチェコ語に最も近い言語と言われる。しかし、「近い」は「同じ」ではない。昔、「ポーランド語とチェコ語の違いは東京弁と大阪弁の違いくらいだ」という乱暴な解説を読んだことがあるが、それには全くもって賛成できない。
チェコ語とスロヴァキア語はお互いにそれぞれの言語を使って意思の疎通が可能であり、チェコとスロヴァキアが解体した後も、チェコの大学でチェコ語での教育を受ける国外からの学生の中でスロヴァキア人だけは母語で卒業論文を提出して良いことになっている(話が逸れに逸れてきたが、つまりそれくらい近い、と言たいのである。別に「他の外国人学生はチェコ語で論文を書くのにフェアじゃないよな」と思ったとは言っていない←言っている。)
しかしポーランド語となると、話は違ってくる。
特に私のようにスラヴ語の一つを外国語(第二言語)として習得した人間は、スラヴ語を母語とする人と違って、血の中にスラヴ語が流れていない、とでも言おうか、チェコ語以外のスラヴ語はスラヴ語母語話者よりも圧倒的に理解が浅く、特に聞き取りに弱い(読むほうはポーランド語なら結構いける)。
それでも、私はポーランド語のナレーションによる没入型クリムト展を心ゆくまで楽しんだ。
この展覧会は世界を回っているかもしれないが、ポーランド語バージョンはここでしか体験できないのだ、と思いながら。
一回の上映時間は三十分ほどで、入場した時上映の終わりの方だったので、その後最初から最後まで観た。ほとんどがクリムトの作品を大きく映したものを上から下へ流していく形で、アニメートされた部分はそんなに多くなく、私としてはこのくらいがちょうどいいと思った。アニメーションは葉っぱが散ったり木の枝が伸びたり、くらいだった。
昨年あたりからか、プラハ内の電光広告(という日本語で合っているのか?紙ではなく映像が流される地下鉄駅構内などにある広告掲示板)でアルフォンス・ムハ(Alfons Mucha)のポスター画の女性がウインクするというおぞましい広告が使われており、私はこれを未だに冒涜だと思っている。
このクリムト展ではそういった「やりすぎな加工・可笑しな加工」がなかったのが良かった。
この後、複製展示で既に実物を見た作品やこれから実物を見たい作品を確認し、VR眼鏡に挑戦してみた。
このVRがどうしようもない出来だったので(失礼)、もう一度没入しに大会場に入った。
この後、売店で土産物を物色して、会場を後にした。
12時を過ぎていたかと思う。
キミ、ワルシャワでアレは外せないよ
朝から気張って「自分でしかできない旅をするのだ」とスケッチをし、ズキンガラスを観察し、クリムトに没入した工作員だったが、さあ午後は何をするかと考えた時、「やっぱりワルシャワに来たんだからアレは外せないんじゃないの?」という欲、というか「ワルシャワに来たのに行っとかなくていいのお?」という小悪魔の囁きのようなものが、ヒョコっと顔を出してきた。
ここで思っているアレとは。
ワルシャワに着いた直後に中央駅近くで撮影した塔、Pałac Kultury i Nauki(文化科学宮殿)を覚えていらっしゃるだろうか(第二話参照)。
建てられたのは1955年だが、未だにワルシャワで一番高い建物とされ、この建物の30階からワルシャワの街を見渡す、というのが観光名物となっているのだ(もちろんエレベーターで上がれるようになっている)。
あの塔に上りたい、というよりも「ワルシャワに来たんだから必須でしょ」という宿題をこなすような気分で、クリムト展を出た後すぐバスと地下鉄を乗り継いで行ってみることにした。
迫力満点でそびえているなと思いながら近づいていくと、側の噴水にバッシャンと飛び込んできたズキンガラスが一羽。
ワルシャワには本当に多い種族らしい。
塔に上る前に、もっと近くでもう一枚撮ってみた。
やはり、すごい迫力である。期待も高まる。
しかし残念なことに、30階から見たワルシャワの風景に、私は何の感動も覚えなかった。
ひたすら現代的で、面白みに欠けていた(あくまで個人的見解)。
この張り巡らされているフェンスも興ざめ要因の一つだが、考えてみれば当たり前だ。ワルシャワとしても、自殺の名所になってもらうわけにはいかないだろう。
下から迫力満点の塔を眺めていた方がずっと楽しかったが、これも上まで行ってみなければ分からなかったことだ。無駄ではなかった。
ショパン像へ
観光の目玉でがっかりした私は少々ヤケクソになって「こうなったら残りの時間はベタツアーじゃ」とばかりに、フレデリック・ショパン(言わずもがなポーランド出身である)の像が名物になっている庭園、ワジェンキ公園へ向かった。文化科学宮殿からはトラムで20分ほど南下したところにある。
この庭園での散歩は特に詳しく言及したいこともないので、少しコメントを加えつつ写真を並べようかと思う。
この庭園でもしっかりズキンガラスを観察する機会に恵まれ、満足しながらバスで街の中心に戻った。
第四話はこの辺りで終わろうかと思う。
次回がやっと最終回になりそうなので、最後までお付き合いいただけたならば、この工作員、小躍りして喜ぶ所存である。
結局今回の扉絵も次回予告になってしまった。全体像は次回お見せしようと思う。
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