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工作員、ティーナに会いに行く②

本記事は独りよがりなワルシャワ紀行の続きである。
①はこちら↓

前回の記事を改めて眺めてみると、『その名はカフカ』を読んでいない方には意味不明な部分が多いことが目に付く。
だいたい、記事タイトルに含まれる「ティーナ」が既に拙カフカをお読みでない方には「?」である。一応解説しておくと、ティーナは拙カフカに登場するポーランド人の元軍人である。

実は彼女の名前に置いて私はカフカ執筆の際、間違いを犯している。ティーナの本名はクリスティーナで、チェコ語のこの名の表記は「Kristýna」、「ty」に長母音記号が付いており、カタカナ表記は「クリスティーナ」で限りなく近い。しかし彼女はポーランド人だ。ポーランド語でのこの名前は「Krystyna」、「ty」には長母音ではなくアクセントが置かれている(ポーランド語のアクセントは基本的に後ろから二番目の音節に置かれる)。これは「強弱アクセントの強は日本語母語話者には長母音に聞こえる」法則で「ティーナ」で大丈夫な気もするが、私はカフカの中で「ロシア語のСашаは一つ目の『a』に強いアクセントが置かれているため『サーシャ』とカタカナ表記されることが多いが、本小説の中ではアクセントの長母音化はせず『サシャ』とする」という法則を打ち出し、注釈まで付けて明記している。

すごい矛盾だ。
これ、実はけっこうすぐに気が付いていたのだが、どうも私には「ティナ」より「ティーナ」、「クリスティナ」より「クリスティーナ」のほうが親しみが強く、結局「ティーナ」で通すことにした。

また余計なことを書き連ねていると「一体いつワルシャワに到着するんだ」と突っ込まれ(るか、その前に記事を閉じられ)かねないので、『工作員、ティーナに会いに行く』の続きに入りたいと思う。
(この長すぎる前置きで何が伝えたかったかと言うと、「拙カフカをお読みでない方にも楽しんでいただける内容になっていることを願う」ということであった。)


片道8時間8分

2022年9月から2023年6月までチェコの東、モラヴィア地方のオロモウツという小都市に週二回通勤していた。その頃、朝はいつもワルシャワ終点の国際列車に乗っていた。
プラハ、オロモウツ、ワルシャワの位置関係を地図で確認してみよう。

『その名はカフカ 1』第一部に掲載した地図にオロモウツをつけ足してみた。本の中ではモノクロだが、実際はnote連載用の地図と同じようにカラーで作ってある。

プラハ発で東ヘ進み、オロモウツの後、オパヴァの東にあるオストラヴァを通過してワルシャワへ向かうのだが、「プラハからワルシャワに一直線に進めばもっと短距離っぽいのに!」と思ったのは私だけではないのではないか。

しかしチェコ鉄道が走らせている国際列車はこのルートしかないらしく、先日派手な事故を起こしたRegio〇etはワルシャワまでは走っていないらしい。
オロモウツまでの二時間半はノスタルジックな気分を抱えつつ、ワルシャワまで8時間8分の旅をすることにした。

ちなみに帰りの電車は所要時間9時間12分とある。
二泊三日とは言え、ワルシャワにいられるのは実質一日半なのだ。

電車は遅れる、これ常識なり

とにかくチェコの電車は遅延することがほぼ常識となっており、15分くらいの遅れなら「時間通りに着いた」くらいの感覚である。(お隣ドイツの鉄道遅延事情も相当ひどい、と聞いたことがあるが、ドイツへはチェコからしか入ったことがないのでドイツ単独の鉄道に関する客観的なコメントはできない。)
電車に乗ろうと駅に行って、目的地が同じ一本前の電車に遅れが50分だとか目を疑う数字が表示されていて、結果自分の乗る電車のほうが先発先着となり、お得な(意地悪な)気分になることもある。

だから今回も予定所用時間は8時間8分だが、それ以上の時間を電車の中で費やすことになるだろうとは思っていた。

しかし、ここまで大きいのが来るとは、さすがに予想していなかった。

今回のワルシャワ行きの電車は朝6時19分プラハ中央駅発。14時半ごろにワルシャワに着く予定なら、着いてからその日のうちに少しは何か見て回れると思い、この電車を選んだ。
プラハ中央駅を出たのは予定通りだったが、プラハとオロモウツの中間地点くらいにあるパルドゥビツェを出た辺りで電車は停車し、ほとんど動かなくなった。

動かない電車に閉じ込められているのは気分の良いものではないが、苛ついてもしょうがないので落書きをして本を読んで落書きをして本を読んで、を繰り返しながら過ごした。
今回は用事があるわけでもなく単に遊びに行くのだからいいものの、やはり仕事に向かうため乗っていたのなら、こう落ち着いてもいられなかっただろう。

やっと電車が動き出した時には車内からほとんど歓声が聞こえてきそうだった。
それからも何度か駅ではないところでの停車があり、オロモウツを出た辺りでチェコ鉄道のアプリで確かめたところ、120分の遅れとなっていた。

その後、ポーランドとの国境付近にある駅ボフミーン(チェコ内の最後の駅で、次の駅はポーランド内となる)でもう一度アプリを開いたところ、なんと遅れは150分まで延びていた。

自分の乗った電車がここまで遅れたのは初めてである。

駅名を聞くだけでワクワク

こんなに遅れに遅れた電車の中でも楽しかったのが、ポーランドに入った後、車窓から眺める駅名を確認すること。
今まで何度も耳にした、駅や車内でオロモウツに着くまでに読み上げられる終点までの停車駅。耳に親しみがあるだけのその駅の数々の存在を今、やっと自分の目で確かめてみることができる。それがこんなに楽しいことだなんて思ってもみなかった。

カトヴィツェに停まった時は、その駅のモダンさと清潔さ加減にも感動を覚え、写真を撮ってしまった。

これで感動?と思われるかもしれないが、チェコの小都市の駅に比べると何とも清潔感が漂う(超個人的見解)

カトヴィツェは大きめの都市らしく(調べてみたらポーランドで11番目に大きい街だった)、オロモウツを出てからガラガラだった車内にカトヴィツェで一気に人が増え、満席状態となった。
考えてみれば、平日の真昼間に国境を越える必要のある人、というのはそう多くないわけで、チェコ国内で主要都市から主要都市への移動をする人とポーランド国内で主要都市から主要都市まで移動する人が利用する電車が一本で繋がって走っている、ということなのだろう。

ちなみにプラハから出たこの電車はボフミーンで切り離しがあり、切り離された車両はクラクフへ向かったようだ。

そしてワルシャワ入り

チェコ鉄道のアプリはポーランドに入ってから遅延時間を表示しなくなったが、14時27分到着予定の電車がワルシャワ中央駅(Warszawa Centralna)に着いたのは16時40分くらいだった。

自由気ままな旅とは言え、この午後の二時間以上の損失はちょっと痛い。ホテルに落ち着いてから外に出たとして、せいぜい散歩ができるくらいだろう。
そんなことを思いながら車内から見たワルシャワ中央駅は、やはりモダンで無機質で、何とも、味気なかった。
プラハ中央駅の入っている建物はプラハ最大のアールヌーヴォー様式の建築物である。こんな時どうしても比べてしまうが、ワルシャワとしてもそんな比較は理不尽だろう。
プラットホームが地下鉄と同じように閉鎖された空間で外の風景が見られないというのも大きな違いかもしれない。

とにかく早くワルシャワという街の空気を吸いたくて、いや、ホテルにチェックインして安心したくて、出口へ急いだ。

中央駅を外から撮影。

この写真を「無事目的地に着いたよ」と知らせるためパートナーに送ったところ、
「Krahujec?(ハイタカ?)」
と返ってきた。
何のこっちゃと思ったら、ホントだ、空に大きいのが写っている。しかしこれを見て「Orel?(ワシ?)」とか「Sokol?(ハヤブサ?)」とか言わない辺り、我が家は未だに庭での騒動に毒されている。(何の話?という方はこちら

ホテルまで迷走

ホテルは例の如くBooking.comで探したのだが、選ぶ基準として

・安すぎない(破格な安値にはそれなりの理由があるはずだから)
・高すぎない(お財布がついて行かない)
・中央駅に近すぎない(便が良すぎて値段の割にサービスが悪そう)
・街の中心から離れすぎない(ホテル自体に到達できなかったら元も子もない)

といったものがあったのだが、未知の街の地図を見ても距離感が掴めない私には「近すぎない・遠すぎない」などという基準はあまり意味をなさなかった。

とにかく「このくらいは出してもいいかな」という値段で街の中心に近そうでレビューもそんなに悪くないところを適当に、本当に適当に選んだ。

それからホテルが送ってくれた情報の案内にあるホテルの近くまで走っているトラムもしくはバスの停留所を探した。
これを見つけるのにも難儀してほとんど中央駅の周りを一周したくらいだったが、その間券売機でトラム・バス・地下鉄乗り放題の三日券を購入。

36ズウォティだから220コルナくらいだよね?間違ってないよね?と自信無げな工作員。

もしかすると滞在期間から言って24時間券を一枚と、最終日に20分券を買ったほうがお得だったのかもしれないが、私という人間は「ちょっとでも得しよう」と画策すると、たいていヘマをやらかす(例えば最初の券が時間切れなのに気付かずちょうど乗車券の検札の人に引っかかる、とか)。

バス・トラム停がなかなか見つからず右往左往しながらもワルシャワのシンボルであるPałac Kultury i Naukiを撮影。この塔に関してはまた後ほど。

到達すべきバス・トラム停を探しながら、今一度降りるべき停留所の名前を確かめてみた。
Stare Miasto」とある。

へ?それって、つまりStaré město(旧市街)ってこと?

図らずも、観光名所の堂々真ん中にホテルを取っていたらしい。

そんなことってあるんだ?と半信半疑で辿り着いたホテル前の光景が、これである。

写真の中でずるりと高くそびえるズィクムント三世像が窓から見える、そんな部屋を、予約したらしい。

前述したように、そんな高級ホテルを選んだわけではない。
確かにホテルの中には今までの私の常識の中には含まれなかった驚きの非現代的な(?)設備などもあったが、この値段でこのロケーションでこの広さの部屋なら大満足である。

次回、窓からの光景もお見せしようと思っているが、きっとワルシャワを知る人にはどのホテルに滞在したのか分かってしまうだろう。
どうあれ私がこのホテルに再度泊まることはないだろうから、ばれても構わないのだけど(どうしてって、さすがに工作員、足が付くようなことはしませんぜ、ひひひ)。

ワルシャワ一日目は散歩で終了

結局ホテルにチェックインできたのは18時過ぎ。この夏の時期はまだまだ明るいが、周辺を散歩してこの日を締めくくることにした。

ワルシャワ紀行第二話も長々4500字くらい書いてしまった。お読みになるほうも大変だと思うので、最後にその散歩の際の写真からいくつか選んで余計なコメントなしに並べたいと思う。

あっ、鶫さん!……おっと、余計なコメントはしないんだった。

ワルシャワ滞在一日目の記録は以上。
次回も引き続きお付き合いいただければ嬉しい。


工作員、ティーナに会いに行く③へ続く


今回の扉絵は次回予告のようなもの。


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