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結局、ペルソナは役に立つのか?:いくつかの本と最近の事例から考察

最近取り上げた、PURPOSEファンベースプロレス任天堂の事例で共通することは『1人のユーザーに向き合うこと』です。

デザインでこれにあたる考え方が『ペルソナ』です。UXでは広く知られていますが、ペルソナとは万人ではなく1人の仮想ユーザー像を描いて、その人が使うことを想定し商品やサービスを考える、という手法です。

このペルソナ、日本でも15年くらい前からビジネスの場でも使われていますが、定着していそうで、そうでもないような印象も受けます。PURPOSEやファンベースの実例も広まっている2019年の時点で、改めてペルソナは有効なのかどうか、デザインだけではなくビジネスも含めたストラテジーの観点から、本などをもとに考察してみます。

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1. マーケティングと何が違うのか?

まず、どんな本があるのか見てみると、新しい本でも5年以上前です。最近だとデザイン思考の一部に紹介されていたりしますが、深く考察されたものではなさそうです。

一方でマーケティング分野に目を移してみると、ペルソナという言葉は使っていなくてもそれに近いものがいくつか見られます。

オレンジの本は従来のマーケティング手法との違いで、1人にフォーカスして顧客のインタレストを見つけることが大切だと主張しています。大切なのは企業側から分析するのではなく、顧客側から見ることの視点です。出発点がどちらかによってマーケティングかデザインの取組みかが変わります。

ただし、この本では、ペルソナマーケティングは表面的な情報を集めた"カオナシ"として批判していますが、僕が知っているペルソナとは全く違うようです。なので内容には共感しつつも、マーケティングの文脈では誤用されている可能性が高そうです。

ペルソナにマーケティングの言葉はつけない方がよさそうです。

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2. たった1人だけでいいのか?

これはプロジェクトでよく出る質問です。「1人だけを対象にすると他を取りこぼすのではないか?」という意図ですが、半分はそうだと言えるし、もう半分は複数人いてもいいと言えます。これはペルソナのツボが理解できているかによると考えます。

まずそうだと言える理由は、範囲を絞れば絞るほどニッチな市場になるからです。特に公共性の高いものに対して偏った1人だけのペルソナは適さないということは専門家も述べています。

僕は過去携わった1つプロジェクトで20人(5種類の属性x4人)つくったことがあります。アイデア発想のためでしたがうまく機能したと思います。

ただし、そこには提供する商品やサービスの価値に共通点があることが大切です。これがもう1つの理由にあたります。例えば上にあげたペルソナ20人の例では『いつの間にかそのサービスを使わなくなった人にもう一度振り向いてもらう』という共通点から、キッカケや阻害要因につながる理由を20通り抽出しました。ただ属性や価値観の違う20人を描いても、焦点が定まっていないだけで、そもそもペルソナの考えと相反します。

ペルソナとは、そのサービスを使う象徴的で代表的な存在としてであって、他のユーザー層を排除する意味ではないと考えます。

過去に紹介した事例で考えると、USJ新日本プロレス任天堂がV字回復した要因はファンの層が広がったからです。そのために彼らは家族や女性など対象ユーザーを具体的に描いて刺さる企画やサービスを届け、話題を集めています。このことからも、具体的に設定することは必ずしもシェアを狭めることでないといえます。

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というわけで「1人だけでよいか?」ついては、幅広くユーザー数を見込む場合はそれに見合った大きな価値観で1人の代表者を設定して、幅を探索するには複数人を描いてもいい、と考えます。

3. 細かく描くことに意味があるのか?

ペルソナのフレームワークはいろいろあります。多く見られるのが基本属性からだんだん趣味などの情報を書く内容です。大企業や堅実な取組みでよく見られるかと思います。一方で細かい属性情報は省き、その人のパーソナリティを端的に表す発言や価値観を最小限で書く、といったものもあります。これはデザイン会社主導の取組みに多いかと思われます。

どちらがいいかは、プロジェクトの目的や性質によるかと思います。参加メンバーが人物像を具体的に想像したい場合は細かい情報が必要だろうし、企画を際立たせたいなら価値観を全面に出す方が効果的だと思います。

ありがちな悪い例は、企画を際立たせることを求められているのに、基本属性ばかりに目がいき、肝心の価値観の考察が浅いことです。これではマーケティングとのアプローチに違いはなく、ペルソナを描く必要性がなくなってしまいます。(いわゆる、嘘くさい人になる)

大切なのは価値観を描くこと、そのうえでプロジェクトの必要性に応じて情報をブレイクダウンしていけばいいのではと考えます。

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4. データドリブンの考え方と合うのか?

近年、顧客データを基にした事業企画やサービスの展開が出てきているなかで、「このペルソナはどれだけいるの?」や「数値的根拠は?」という質問もよくあります。

以前は、ペルソナはそういったアプローチではない、と立場の違いを述べる見解が多かった印象がありますが、実は10年以上前の本でも、データとの関係性は丁寧に歩み寄っていくべきということが書かれていました。

実際には、この証明に時間やお金をかけられることは稀だと思います。だけど定量ではなく定性で、仮説に確からしさを示すことで、意思決定者の背中を後押しはできます。その代表的な方法がユーザーインタビューです。

僕自身の経験からは、インタビューで集める被験者数は最少5-6人で十分だと考えています。その理由は『5人の被験者で85%の問題が洗い出せる』というニールセンの研究をもとに、ある質問に対して6人中4人以上が同じ見解を述べていたら、そこには一定層のニーズがあることがいえます。

ここで大事なのが価値観の仮説構築力、リクルーティング、価値観を探る質問設計です。ここにはリサーチャーとしてのスキルと、デザイナーの定性情報を汲み取るセンスの両方が求められます。

というわけで、活用できるデータは積極的に目を向けつつ、表層的な属性情報ではなく価値観の軸でリサーチを行い、仮説の確からしさを示せることが大事だと考えます。そして、インタビューで得た結果を裏付ける定量調査を後で行えると、データドリブンの考えにも融合できると考えます。

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5.デザイン思考と意味のイノベーションとの関係

もう少し深掘りしてみたいと思います。ペルソナはよくデザイン思考のプログラムの中で使われています。その狙いの一部は、数字での市場分析の思考から離れてユーザー中心の考えを身につけるため、だと思っています。

一方で、昨年から注目されている『意味のイノベーション』は自分という第一人称から考えることをベースにした考え方です。こう書くと、意味のイノベーションはペルソナと相性が悪いように思えますが、僕はこの2つは親和性が高いと思っています。

なぜなら、両方とも価値観(つまり機能性ではなく意味性)に焦点を当てているからです。ユーザーが自分自身なのか、ある誰かなのかの違いだけであって、どちらもある1人から始まっています。

表層的なデザイン思考のプログラムは手法にはしる傾向があり、ペルソナもただ枠をうめる作業になっている、間違った使い方も見られます。この『価値観を深掘りする』という行為を考察するために、意味のイノベーションを今一度、注目してみてはいかがでしょうか?

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6. 効果をどう証明するのか?

もともとはウェブサイトの開発手法から出てきたペルソナなので、あまり表立った事例は多くありません。2つほど大きな例を取り上げてみます。

SOUP STOCK TOKYO

日本での代表的な事例でたびたび取り上げられます。「秋野つゆ」という、都心に住むキャリアウーマンで健康への意識が高い人物像から、スープを主体とした店舗の市場をつくりました。前に下の本の感想文を書きましたが、ペルソナは社内の全員ではなく1人でも強い賛同を得られることが大事、ということが学びになる本です。ただしこれ、もう15年前の話です。

Spotify

海外の事例でかつオンラインサービスで、日本に馴染みがあるもので数少ない事例の1つ。試行錯誤している様がうかがえます。決まったフレームワークを埋めるだけでは使えるものにならないことは、実践している人であれば感じていることなので、この話にはリアリティがあります。

https://spotify.design/articles/2019-03-26/the-story-of-spotify-personas/

ただし、ユーザー獲得の成功要因はペルソナのお陰だと証明するのは(費用対効果や因子分析の手間を考えると)かなり難しいです。ここがデザイン業界の外に広く浸透していない理由ではないかと考えます。

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まとめ

最後にストラテジーの観点でまとめます。どんなにいい取組みであっても、経営層や意思決定層がビジネスにおけるペルソナの有効性を深く理解してもらえない限り、今後もこの状況はあまり変わらないと思います。

そのためにはよりビジネスの文脈でペルソナがサービスの成功に強く関わっているかをストーリーテリングで伝えることが考えられる手です。必ずしも数字がなくても定性的な内容から説得性があればよいし、USJ・新日本プロレス・任天堂のように、ペルソナという言葉を使う必要もないと思います。

デザインをもっとビジネスの文脈から伝えていきたい、そのためにデザインストラテジーという立ち位置を浸透させたいと考えています。

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ちなみに最後に、デザインに関わる手法が事細かに書かれているサイトを知ったので貼っておきます。めちゃくちゃ細かいです。すごい。


デザインとビジネスをつなぐストラテジーをお絵描きしながら楽しく勉強していきたいと思っています。興味もっていただいてとても嬉しく思っています。