ナッジ効果2(デフォルト設定):行動経済学とデザイン42
ナッジのテクニックで多く使われるものが『デフォルト』の設定です。ゼロから選ぶのではなく、初めからすでに何かが選ばれている状態です。この効果、単純でありながらも奥深く、ナッジを理解するうえでは欠かせないので掘り下げてみます。
ナッジで、人を動かす
キャス・サンスティーン(著)、田総恵子(訳)、坂井豊貴(解説)
NTT出版 2020.09
このデフォルト設定、まずどんなものがあるのか?、どこまでがデフォルトの範囲か?、なんでデフォルト設定は効果的なのか?、についてそれぞれ書いてみたいと思います。
デフォルト設定の範囲
デフォルト設定の活用例は、選択肢を選ぶ場面だけでなく、自然と目や耳に入るものも含みます。特に政府の施策や環境問題などで見られます。例えばこのようなもの。
・臓器提供の加入
・健康への害を伝えるタバコのパッケージ
・GPSによるナビ
・健康的なメニュー目立つところに置く
・レジの前に募金箱を置く
・ネットショッピングで関連コンテンツを並べる
・楽天のメルマガ配信
ナッジを提唱したキャス・サンスティーンとリチャード・セイラーが本の中でよく例にあげているのは、次の2つです。
臓器提供や個人年金を自動加入にすることで、加入率が大幅に上がった。
健康的な食べ物を目立つところに置いたら、それを選ぶ人が増えて、肥満率が改善された。
デフォルト設定で大事な共通点が1つあります。それは「ナッジは選択の自由を保持する」ということです。上記のいずれの例でも、選択をお勧めされているけど、それに従わない選択もできます。
なので、チェックボックスを外すことはできるし、喫煙は悪いと言われてもタバコを吸うことはできるし、提示されたものを無視することはできます。
ちなみに、デフォルトで入っている状態をオプト・イン(加入)といい、外れることをオプト・アウト(離脱)といいます。なので強制的なオプト・インや、オプト・アウトを選択できないものはナッジとはいえません(退会手続きやメルマガ解除を意図的にすごくわかりにくいものも含む)。あくまでもユーザーが自分の意思で選べることが大事です。
誘導してるけど強要ではない
とはいえ、ナッジは人を誘導するテクニックの1つでもあります。他の誘導とどう違うのか、他者を「操作する」方法を見てみます。
・強制:義務化、権威を利用した支配、禁止、罰金、刑罰
・要請:お願い、警告、啓蒙キャンペーン
・インセンティブ:条件提示、交渉
・選択アーキテクチャ:好ましい選択肢を仕向ける(ナッジに相当)
この4つは、行政のコロナ対策を照らし合わせるとよくわかります。
施設での検温や感染発覚時の14日間隔離は強制に相当しますが、ユーザーが悪いことをしているわけではなく、厳密な境界は定めにくいので、実際には強制をはたらきかけるのは簡単ではありません。
要請は政府や都道府県の発表でよく出されます。ユーザーの良心にゆだねている一方で、要請に従わない飲食店などには社会的制裁を課すなど、相手に責任を押し付ける腹黒い面もあります。
インセンティブはGive & Takeの世界です。リモートワークにすると補助金が出るなど”金銭”の報酬だけではなく、従うことで他者より優位な条件が得られるなど、”本人がメリットと感じること”はインセンティブに相当します。損得の世界なので、善意や良心とは異なる実利的なアプローチです。
そしてナッジです。例えば、店舗の入口と出口を分けることで、人の混雑と接触を避ける工夫は、人が不快に思わず、そのくらいなら別にいいよと思えるものです。このような設計がされていることを、『選択アーキテクチャ』といいます。特徴としては次のような点です。
・ユーザーが不利にならないための誘導
・ユーザーが気づきにくい誘導
・ユーザーが平等に受けられる
・ユーザーは気兼ねなくお勧めを断ることもできる
なのでナッジは命令とは対極の、ユーザーの自律を尊重した誘導であるといえます。
デフォルトルールが強い理由
デフォルトの仕組みは単純で低コストなのに、導入すると、とても高い効果につながります。その理由はデフォルトを外すと、自分に不利益と感じてしまう4つの要因があるからです。
1. 暗示と指示:詳しい人が勧めてくれたと思う
2. 惰性や引き伸ばし:変えるのはめんどくさい
3. 基準点と損失回避:今より損になると思う
4. 罪悪感:行為を踏みにじることになる
これまで書いてきた行動経済学の理論が当てはまります。1は好意や権威や内集団、2は正常性バイアスやサンクコストやチート、3はプロスペクト理論、4は返報性、とそれぞれつながりがあります。(最後にリンクを見えるかたちでも紹介しておきます)
人は1日に平均35,000回も意思決定をしているらしく、決断する数が多いと疲れてしまうのだそうです。一方、デフォルト設定は、ユーザーの決断コストを最小限にして行動を促せる利点があります。なのでユーザーに負担を感じさせたくない場面では、デフォルト設定はとても有効です。
まとめ
以上、デフォルト設定についてまとめてみました。単純だけど奥が深いテクニックだと思います。
僕はデザイナーなので、あえて言いたいのですが、デフォルト設定は工夫しなくてもできるので、色んな商品やサービスに取り入れやすい一方で、ユーザーとしてはあまりワクワクするようなものではありません。
そこで次は、逆の観点として、工夫をすることによってナッジをうながす方法について考察してみます。
では最後に、デフォルト設定を裏付ける理論のリンクを貼っておきます。
デザインとビジネスをつなぐストラテジーをお絵描きしながら楽しく勉強していきたいと思っています。興味もっていただいてとても嬉しく思っています。