【エッセイ】とけてる
海。
と言えば、父である。
父はどちらかというとインドアな人間で、休日はずっと家でテレビを見ている。
しかし、夏には毎年海に繰り出すのだ。
わたしと弟を連れて。
とある夏の朝。
小さな弟、幼いわたし。
朝が苦手な弟はもう目覚めている。
かくゆう、わたしも。
窓の外。
庭に父。
日差しにさされて、首にかけたタオルで汗を拭いながら、タンクに水をため、車の後ろに乗せている。
わたしと弟も、そそくさと車に乗り込む。
走り出す。
鼻歌交じりの車内。
ものの30分なのに、何時間にも感じる道。
かすかに風。
目の前が急に開けて、海。
弟がだまる。
私もだまる。
近くのコンビニで飲み物を買う。
凍ったスポドリを冷凍バックに詰め込む。
「買いたいもの、あるか?」
「特にない~」
「なんでも買ってやるのに」
「え~! じゃあ……」
「じゃあなら買わない」
「うー」
「選んできな」
「わーい!」
入場料を納め、駐車場。
荷物を持って、歩き出す。
うみ、海。海、うみ。海。
海がめいいっぱい目に飛び込んでくる。
胸が高まって、飛び跳ねている。
心が躍る感覚。
熱を持った肌が、日光からか内側からか、わからなくなる。
香ばしい匂い。
海の家から。
磯の匂い。
ブルーシートをひいて座り込む父に了解を得て、海のきわにたつ。
足を撫でる波をじっと見つめる。
海は広いな大きいなァというか
海………………………………ひゃ……………………である。
なにもなくなる。
海の前だと。
ただ、笑いがある。
あまり奥に行かずに近場で遊ぶ。
弟とも砂場で遊ぶ。
帰るぞ、と言う言葉を投げかけられるまで
ひたすら遊ぶ。
日焼けよりも時間を気にした。
海にいるときは、時間の流れがゆるやかで
いつまでもいつまでも、続いてく気がした。
しかし、終わる。
帰るぞと声がかかり、シートを片付け、海の家へ。
体を洗って砂を落としてから、焼きそばに食らいつく。
海で食べる焼きそばは、なぜ、あんなに絶品か。かき氷も買って、頭をきんとさせる。
タンクにくんだ水で足を洗ってから車に乗り込み、走りだす。
その頃には疲れた弟が寝息をたてはじめ、父の横顔が夕日に照らされ、より凛々しく見える。
家路についてからは、まるで夢のようだった、と疲れとさびしさを感じつつ、思い出を抱きしめながら、1日を終える。
海。
と言えば母でもある。
中学生の頃、自殺未遂をしたときに、母がドライブをして、いちにちわたしの心に寄り添ってくれたことがあった。
最終目的地は海。
曇っていて、美しいとは言えない光景であったが、やはり、海はどこまでも広くて、ありもしない焼きそばの匂いが、どこかからかただよってくる気がした。
母は海の匂いが苦手だから、海には行きたがらないのに、わたしがよろこぶからと連れてきてくれたのだろう。
……という、言葉のない思いやりに胸がじわじわして、わたしはただ、海を見つめることしかできなかった。
今でも、時たまに父と海に出かける。
弟は部活があるのでなかなか行けなくなってしまったが、行ってきたよと報告すると、しょんぼりしているので、予定が合えばワックワクで来るに違いない。
海の近くには屋台があって、毎月焼きそばや焼きトウモロコシなどを売っている。
それを食べながらベンチに腰掛けて、海を眺める。静かな時間。
子どもたちの笑い声が微かに聞こえて、あれはわたしであり、弟であった、と思いながら、焼きそばをすする。
甘めのソース、こうばしい麺。山盛りのかき氷。気持ちの良い店主。
これからも海は特別で、なにかあってもなにもなくても足を運ぶと思う。
海には思い出が溶けている。
忘れたくない、大切な思い出が。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?