今ここに

2010年より北欧デンマーク在住。息子は自閉症で不登校の思春期。異国での大病を乗り越え…

今ここに

2010年より北欧デンマーク在住。息子は自閉症で不登校の思春期。異国での大病を乗り越え、今ここにある毎日の幸せを大切に。明るく楽しく息子と向き合う日々や北欧からの情報を気ままに綴ります。看護師資格を持ち、現在こちらの老人施設勤務の傍ら、時々日本語教師、通訳翻訳の仕事もしています。

最近の記事

  • 固定された記事

記念すべき初投稿と自己紹介

何から書けばいいのだろう。どこから説明すればいいのだろう。手元にある自分のノートブックには、息子が産まれた時からの感動、楽しかった思い出、そして、自閉症の診断を受けたときの辛さ、苦しさ、その後の私の乳癌診断や闘病記。。。色々な思いが綴られてある。主人も息子も日本語が読めないので、間違って読まれてしまうリスクもなく、ただひたすら自分の心の中を書き綴っていた日々。時にはあまりにも、心が苦しくて何も書けない日々が続いていた時期もあった。 誰かに読んでもらいたいとか、誰かと共有した

    • 在デンマーク15年目に立ちはだかる言語の壁

      早いもので今年の夏でデンマークに移住して15年目を迎える。わたしが日本で主人と初めて出逢った時は、「え~っと、デンマークってどこにあったっけ?」っていうほど北欧にもヨーロッパにも全く興味がなかった(今ではヨーロッパはとても魅力的だと感じているが)。 私は山の麓で育ったこともあり、どちらかと言うとオーストラリアとか、アメリカ大陸とかアフリカとか、雄大な大自然と動物、フレンドリーな人種の住む(と信じていた)大きな大陸の国に憧れていた。 特にカナディアン・ロッキーの壮大な山々に

      • 若者達へのメッセージ

        最近noteは読み専門になっていたが、久しぶりに下書きに眠っていた文章に手をつけてみた。 少し前になるが、デンマークでも公開されている、宮崎駿の映画「君たちはどう生きるか」を観に行った。宮崎駿ワールド全開のストーリーで、先祖代々からその子々孫々へと命のバトンを紡いでいく、過去と現在そして未来、あの世とこの世、生と死を行ったり来たりするような、壮大なスケールの物語。主人公の少年目線で描かれていて、観ているうちに、少年が体験する現実から離れて行く不思議な世界へと自分もいざなわれ

        • 新しいインクルーシブ教育 (Nest project from NY)

          昨今どこの国でも耳にする、インクルーシブ教育。私が2010年にやってきた頃のデンマークでも、普通学校内に併設する形で特別支援クラスが存在していたように思う。だが残念なことにそのインクルーシブの試みの結果として、特別ニーズの子供たちが学校に通えなくなり不登校になるケースが増大し、その子ども達の行く先として特別支援学校、療育学校、入所施設などへの対応が迫られ、どこのコミューンも財政を圧迫してきた実情がある。 それは、実はインクルーシブのようでいて、ただのエクスクルーシブ(特別支

        • 固定された記事

        記念すべき初投稿と自己紹介

          デンマークにおける老人介護の実情と私の職場環境

          この度、日本の看護研究をされている方から、デンマークの老人施設での介護の実情についてインタビューを受けるご依頼を頂いた。その方の研究内容は詳しく書けないが、その時に話せるように頭を整理する意味もこめて、今日は私が勤務している老人入所施設について触れてみようと思う。 私は2010年デンマークに移住する前までは、看護師として日本で公立病院の病棟勤務を10年経験し、その後は小児科クリニック、予防医学の分野、そして製薬会社での安全性情報分野…と歳を追うごとに臨床から離れていった経歴

          デンマークにおける老人介護の実情と私の職場環境

          自閉症、本当の自立に向けて (Never give up!)

          多くの自閉症のお子さんをお持ちの親御さんなら(もちろん定型発達のお子さんをお持ちの方も)きっと考えずにはいられないテーマ。「この子は大人になったらどうやって生きていくのだろうか…」。 今日は、自閉症についての執筆や講演、YouTube活動を沢山されている、信州大学児童精神科医の本田秀夫先生の動画を見て考える「自閉症児の本当の意味での自立」について書いてみようと思う。 本田先生はご自身も発達障害傾向の特性があるらしく、精神科医としてだけでなく自閉症の当事者目線から、自閉症の

          自閉症、本当の自立に向けて (Never give up!)

          18歳の恋愛

          先日義理の妹家族の家で晩御飯を頂く機会があった。義理の妹には子どもが3人いるのだが、その長女が昨年18歳になって「大人」になった。 私が彼女と初めてあった時は、ブロンドの天然パーマがクルクルしていて、澄んだ青い目をした天使のように可愛い1歳の女の子だった。そして、彼女は姪っ子甥っ子の中で唯一、私達の結婚式に出席するため日本にも訪れたことがある。 当時3歳だった彼女は、子どもモデルのように道行く日本人に手を振り、愛想をふりまいて歩き、時にはカメラを向けられシャッターを切られ

          18歳の恋愛

          自閉症の息子と動物達の絆

          我が家の自閉症の息子は幼い頃から生き物が大好きだ。幼稚園は歩いて2分の場所にあったにも関わらず、帰り道にはアリやテントウムシを見つけては、自分のお弁当の残りのニンジンをあげたりしながら熱心に昆虫観察を行うため、1時間くらい家に帰りつかないこともしょっちゅうあった。 また、当時から収集癖があったのか、団子虫などを見つけてはポケットに沢山集めて帰って来た。ある時、洗濯機からカラカラと石のような音がして、なんだろうと思っていると、息子のズボンのポケットから大量のカタツムリが洗濯さ

          自閉症の息子と動物達の絆

          集団主義の日本と個人主義のデンマーク、子育ての違い

          デンマークに移住して14年め。子育て歴13年。私たちが日本からデンマークに移住する時、私のお腹の中には息子がいた。今思えば新しい、言葉も知らない国での初めての出産は不安だらけだった。 その当時、主人にはデンマークと日本以外にもアメリカで働く選択肢があった。どの国で子育てをするのが一番いいのか。答えは簡単には出ず、とりあえず、第3国(この場合アメリカ)に住むと帰省しなければいけない国が2か所になってしまうという物理的な理由で、どちらかの家族が近くにいる国にしようという結論にな

          集団主義の日本と個人主義のデンマーク、子育ての違い

          自閉症の"Meltdown" と "Low Arousal approach"について

          前からずっと、どうすることがベストなのか悩んできた、自閉症の感情メルトダウンとそこに至る前のアプローチについて書いてみたいと思う。 日々自閉症と関わっている職員の方々、自閉症のご家族をお持ちの方なら誰もが経験したことのある彼らの"メルトダウン"。自閉症のメルトダウンとは、簡単に言えばストレスが脳内処理能力の許容量を超え極限に達して、対処しきれなくなった時の制御不可能な一種のパニック反応で、その症状は人によって、また状況によっても様々だ。 私の息子は、幼い頃から良くメルトダ

          自閉症の"Meltdown" と "Low Arousal approach"について

          自閉症の共感能力について考える(感情の伝播という言葉)

          今日は私のダブル試練(自閉症子育てというもう一つの試練は今も続いているが)の時に感じた自閉症(アスペルガー)の息子の共感能力について、当時を振り返りつつ考察を深めてみたいと思う。 人生の試練って結構重なったりする。 私は自閉症の息子が不登校である過渡期に乳癌の診断を受けたのだった。 今だからサラッと試練なんて言えてるけど、当時はホントになんで私なの?の言葉しか出てこなかった。でも、今こうやってちゃんと乗り越え生かされ、共存し受容出来ているってことは、やっぱり私を成長させ

          自閉症の共感能力について考える(感情の伝播という言葉)

          自閉症児親の会を通して思うこと

          先週地域のファミリーセンターで毎月1回行われている自閉症の親のネットワークミーティングに参加してきた。そのグループは、2023年から私たちのケースを担当して下さっているFamilie rådgiver と呼ばれる家族支援専門員の方が、率先して作って下さったネットワークグループ。地域で彼女が担当しているケースの中から、子供が同じ年代で、良く似た自閉症スペクトラムの特性を持ち、さらに不登校という問題を抱えている親を一堂に集めてくれたのだ。 最初の3回めまでのミーティングでは、専

          自閉症児親の会を通して思うこと

          自閉症息子の新しい療育施設(Behandling skole)

          ずっと書きたいと思っていた過去の息子との不登校の日々。幼少期からザックリとここまで書いてきて、ようやく今やっと、最初の入学を含めて4回目の転校先となる、現在の療育施設までたどり着くことができた。過去を振り返りながら書くことは、私にとってのセラピーとなり、またその過程を読んで共有してくださっている方がいることが、私の書く気持ちの支えともなり、とても感謝している。 今日は4校目となる現在の療育施設について書いてみようと思う(ちなみに、デンマーク語ではBehandling sko

          自閉症息子の新しい療育施設(Behandling skole)

          不登校自閉症児家での学び

          今日は、もうかれこれ4年近くまともに"勉強"をしていない彼が、家でどうやって学習?をしているかについて書いてみようと思う。 彼は、誰が教えたわけでもないのに、英語、日本語、現地の言葉を3つ流暢に話し使い分けることが出来る。日本語においては時にビックリするような言葉や表現を知っていて、YouTubeなどを通して、今時の子供達がいかに多くの情報にさらされているのかがわかる。 英語については、コンピューターゲームのお陰で随分書く方も上達している。部屋からしょっちゅう「○○ってど

          不登校自閉症児家での学び

          国のシステムに翻弄される自閉症の子供達

          3回めの学校はとてもスタッフの教育レベルが高かった。私たちが見学に行った時の学校の雰囲気も良かったし、印象としてここなら安心して息子も通えるのではという気がした。そして、その最初の印象は、1年半の在籍期間中も変わることはなかった。 新しい学校に籍をうつしてからすぐの9月に、ライアスコーレという日本で言うところの林間学校みたいなものが2泊3日であった。まだ、前回の学校での森に置いてけぼり事件のトラウマから抜けきれない彼は、その後も家の近所の森や湖を極端に怖がるようになってしま

          国のシステムに翻弄される自閉症の子供達

          息子の10歳の誕生日と私の抗癌剤治療

          始めてのEC療法は副作用が強く出ると聞いていた。点滴を無事に終えた私は、少し身体がダルいなぁくらいで、これならいけるかもと思って喜んでいた。 ところが副作用は突然やってきた。病院から帰宅後疲れて少し眠ってしまっていた私は、夕方主人の帰宅の音で目が醒めた。なんだかムカムカする、トイレに行ってみよう、と立ち上がって歩こうとした瞬間、私はひどい動悸と息切れ、そして吐きそうな気分の悪さでその場に倒れこんで動けなくなってしまった。そこからは、ただ冷や汗と動悸がひどくなる一方で、私はた

          息子の10歳の誕生日と私の抗癌剤治療