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新しいインクルーシブ教育 (Nest project from NY)

昨今どこの国でも耳にする、インクルーシブ教育。私が2010年にやってきた頃のデンマークでも、普通学校内に併設する形で特別支援クラスが存在していたように思う。だが残念なことにそのインクルーシブの試みの結果として、特別ニーズの子供たちが学校に通えなくなり不登校になるケースが増大し、その子ども達の行く先として特別支援学校、療育学校、入所施設などへの対応が迫られ、どこのコミューンも財政を圧迫してきた実情がある。

それは、実はインクルーシブのようでいて、ただのエクスクルーシブ(特別支援の必要な子どもを通常クラスから排除していく)だったから、自閉症の子ども達の自尊心や自信が育たずに上手くいかなくなったのではないだろうか、というのは私の個人的な感想である。

私は専門家ではないので詳しい経緯はわからないのだが、先日、ある学校建築に携わっている日本の研究者から依頼された通訳の仕事で、とあるコミューンの児童青年管理局(Børne- og Ungdomsforvaltningen)を訪問する機会を頂いた。その時聞いた話しを少し共有したいと思う。

その時に対応してくれた児童青年管理局の学校建築士と特別支援専門職員の話しによると、デンマークでは一度インクルーシブ教育に失敗してきた経緯があり、その結果を受けて特別支援の必要な子供たちと通常学校を分けて行う教育を推進してきた。

しかし、残念ながらここに来て財政の圧迫により、再びインクルージョンの方向に戻らなければならない。そこで、今回は新たなメソッドNest Projectというスクールプログラムが用いられることになり、それに向けての施設改善や増築などが進められている、という話しだった。

彼らの話しによるとNest Projectとは、2003年頃からアメリカのニューヨークで盛んに研究が行われてきたメソッドで、デンマークでは2016年にはじめてそのプロジェクトを取り入れた学校が誕生したとのこと。

ちょっと調べてみるとデンマークでもそれらに関連する書籍がたくさん発売されている。デンマークでの特別支援学校に関するアプローチを、アメリカのニューヨークから持ってくるという発想が少し意外なことに思えたのだが、人種のるつぼであるNYだからこそインクルーシブ教育の新しい考え方が発展していったのかもしれない。

それでは、新しいNest Program (Nest project におけるスクールプログラム)が従来型のインクルーシブ教育と何が違うのか。今までのインクルーシブ教育では、あくまでも通常クラスがメインで、そこの枠組みに適応できずにこぼれてしまった子供たちの教育を、別途、特別教員の補充や特別支援クラス併設などという形で補ってきた(だから私はそれをエクスクルーシブ教育とも呼べると考えている)。

ここで、新しいNest programの考え方を理解する上で、実際に行われている、あるコミューンの例を紹介してみようと思う。

Nest programを取り入れている学校のクラス編成は、1クラスに12人の定型発達の子ども+4人の自閉症/ADHDをもつ子どもを加えた合計16人で構成され、担任は1クラスにつき普通教員と特別支援教員の2人がつくという。そして、基本的には全てのタイムスケジュールや授業内容を明確化したり可視化したりなど、いわゆる自閉症の子どもに焦点を当てたわかりやすい授業を行っていくというものだ。

自閉症の子どもにとってわかりやすいクラスの仕組みは、すなわち定型発達の子どもたちにとっても過ごしやすい環境であり、彼らが同じ部屋で教育を受けることにより、助け合いや相互理解を深めていくことができる、いう趣旨らしい。

それは、全ての人に受け入れられるユニバーサルデザインという観点とも少し違っている。あくまでも、特別支援が必要な子ども達に焦点をあてたメソッドを用いて、定型発達の子ども達と一緒に、通常クラスの中での授業を行っていくというものだ。

それには2つの前提がある。まず一つ目は、繰り返しになるが、自閉症の子育てに必要なメソッドというものは、全ての子供たちにとっても有効なメソッドであるという理解の前提。そして2つ目は、特別支援の必要な子ども達が教育の早い段階で発見されているということを前提としている。

私はこれを聞いた時に、日本の学校では案外Nest project に似たような教育体制が、自然と上手く行われている学校も、少なからずあるのではないだろうかとふと思ったのだ。

以前違う記事にも書いたことがあるが、一般的に枠組みを大事にする集団主義の日本文化では、個人主義のデンマーク文化に比べると、学校教育そのものの中に、自閉症の子ども達が混乱するような抽象的な、いわゆる「個人の自由」という部分が少ないのではないだろうか。

これらは、あくまでも私の子ども時代に経験した学校教育の印象で、現在はもう少し改善されている点も多いとは思う(願う)が。

通常の日本の子供たちは決められた規則に従うことを小さな頃から自然と身に付けており(その良し悪しは別として)その規則に従う他の子ども達の姿を見て、自閉症の子どもたちは自分たちの取るべき行動を理解していくのかもしれない。

少し、抽象的でわかりにくい話しになったので、日本とデンマークの違いを具体的な例を用いて説明してみようと思う。

実は私の日本の甥っ子もアスペルガーである。彼は3歳で診断を受け、支援を受けながら、幼稚園、小学校、そして中学校も普通の公立に通っていた。もちろん、途中で不登校気味になった時期もあったが、基本的にずっと安心出来る環境で育つことができ、今年無事に中学を卒業した。日本のインクルーシブ教育が成功した典型的な例と言えるのかもしれない。

彼が中学生2年生の時、私たちの帰国のタイミングで、彼の吹奏楽部のコンサートを見に行く機会があった。もちろん緊張している甥っ子は、舞台の入り口からギクシャクしたぎこちない歩き方で入場してはきたが、何度も事前に練習した通りにしっかり自分のポジションに付いて座り、曲の中盤では立派に堂々と立ち上がり、トロンボーンのソロを演奏しきったのだった。

一方のデンマークで、私の息子がまだ通常の小学校に通っていた時のこと。年に1度の音楽会みたいなものが催されていた。彼は結局1年生の1度だけしか出場しなかったのだが、演奏中終始落ち着きがなく、どこに居ればいいのかわからない様子でキョロキョロしていた。自分のパートの打楽器なども、横の子供たちを必死で見ながら叩き、なんとかその場にいたという感じだった。観客席で見ていた私はとてもいたたまれない気持ちになり「もう頑張らなくていいから走って降りておいで~」という気持ちになったのを覚えている。

もちろん、中学生の甥っ子の演奏会と、小学校1年生の息子の演奏会では、そもそもの発達の段階が大きく違っていることは承知している。

しかし、それを差し引いて考えてみても、まず日本では、演奏会はこうあるべきみたいな、歩き方から出場の仕方、お辞儀のタイミング、並ぶ順番の決まりや、退場の仕方まで、全ての枠組みが決められている。そして、それを何度もリハーサルで練習させられる。

もちろん、甥っ子にとっては、その練習は苦痛であったかもしれないが(実際彼は演奏会のあと吹奏楽部の練習にしばらく行けなくなってしまった)、少なくとも他の子どもたちと一緒に演奏会に参加して想い出と自信を身に付けることは出来たのだった。

その点、デンマークの小学校では、もちろん年齢的に小さかったこともあるが、子どもたちはそれぞれ勝手にわらわら~っと入場して、なんとなーく曲が始まり、拍手を受けた後なんとなーく自由に退場していく。私の息子に限って言えば、明らかに今自分がどういう動きが求められているのかが分かっていないという感じだったのだ。

この例のように、日本の小学校では、定型発達の子どもたちがきっちり守っている規則や行動基準を見ながら、自閉症の子供たちもそれを当然のように一緒に習うことも出来る(もちろん、それを嫌がる子どももいることは想像に難くないが)。

そして、通級クラス(甥っ子が在籍していた)のように、授業内容によって普通クラスと特別支援クラスを行ったり来たりする環境に身を置くことで、自分が何が得意で、何が難しいかも知ることが出来、また通常クラスの子ども達も、特別クラスから来ている彼らを理解し援助することも出来る。

そういう意味では、この新しいプロジェクトであるNest Programは、もしかすると日本では少なからず、知らず知らずのうちに成功しているメソッドなのかもしれないなどと思ったりもする。

どちらにしても、結局のところ一番のキーポイントとなるのは、それらのクラスを推進していく職員の知識と能力、人間性に委ねられていることを鑑みる時、改めてどの国でも特別支援に関わる優秀な人材育成の教育に力を入れることが必須であるのではないだろうか…。

デンマークで取り入れ始めているこのNest Programが、今後この国で学校教育を受けて行く子どもたちの希望の光となって行くことを願っている。

“If children do not learn the way we teach them, then we must teach them the way they learn.” Dr. Kenneth Dunn


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