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ノアールの夢 #4「Wish」

これまでのストーリーは、こちらから、どうぞ。

https://note.com/dekohorse/m/m99f01112d970

<あらすじ>
気づくと聡子は、熱帯魚の水槽に囲まれたお洒落なバーにいた。そこに現れたタキシード姿の黒猫ノアール。彼はルキアという異次元から、テラ(こちらの世界)に不法滞在するものを取り締まりに来たという。聡子は偶然ノアールの命を救っていた。
<登場人物>
主人公:聡子
黒猫 ノアール
智樹(聡子の恋人)


* * *

「もう一つの片付けなければならないこと。そのために、私はこうして姿を現しております」
ノアールは聡子を、その妖しく光る眼で見つめた。

「偶然とはいえ、私はあなたに命を救われました。受けた恩義は重く受け止め、礼は尽くさなければなりません。それがルキアの民の誇りです」

「こちらの世界でも、何と申し上げましたか。ああ、そう。ノブレスオブリージュという考えがございますね。それとよく似ております。持てるものは、義務を負う。つまり、私どもは特殊な力を持っている。それ故、受けた恩には必ず力によって礼を返さねばならないのです」

ノアールはまるで講義をする教授のように、後ろ手を組みながら行ったり来たりし、時に立ち止まって語りだす。また、なんだか訳のわからない小難しいことを言いだしたな、と聡子は思っていた。


「お聞きになったことはありませんか。3つの願いをかなえる話を。かの『アラビアン・ナイト』にも、日本の昔話にもあるでしょう。古今東西、様々な国に3つの願いにまつわる話が伝わっていることを不思議に思ったことはございませんか? 遠く離れた国にも似たような話がある不思議を」

「ほんとだ。そんなこと考えたこともなかったよ」
聡子がしきりに感心していると、ノアールは「これだからあなたは‥」と聡子の耳には届かぬほどの小声で何やらぶつぶつ不満を漏らしていた。

「すべてルキアの民によるものです。ルキア法で、昔から願いごとは3つと決まっております」

ノアールは鋭い眼光のまま、威儀を正して聡子に向き直った。

「私もあなたの3つの願いをかなえねばなりません。それで、さしあたり、1つ目の願いをかなえて差しあげたという次第です。ですが、どうやらこの願いはお気に召さなかったよう。では、2つめの願いを‥」
と言いながら、ノアールがステッキを空中にかざす。

「ちょっと待って!」
聡子は慌ててノアールの言葉をさえぎった。いくら能天気な聡子でも、ノアールを止めなければというのは察知した。

「願いって、私の願いでしょ」
「ええ、もちろんです」

「ふつうは、本人に尋ねるよね。私、あなたにお願いごとなんて言った覚えないよ」

「ああ、それについてなんですがね」
「私は多忙を極めておりましてね。今回のミッションの他にも37もの任務を抱えております。ですから、この案件は、さっさと片付けてしまわねばならないのです」

些末な事務処理にこれ以上時間を割くのはバカらしいとでも言っているようだった。確かに命を救ったとはいえ、それは聡子の偶然の行為によるものだから、願いごとをかなえてもらうのは、まさに棚からぼた餅そのものなのだが。このまま勝手に次々に願いを処理されるのは、どうも納得がいかない。

「次は、私が願いを決めてもいいかしら」

「どうぞご随意に。ただし、先ほどから申し上げているとおり私は忙しい。10分以内でお願いいたします」
ノアールはタキシードの内ポケットから懐中時計を取り出し、これ見よがしに盤面をポケットチーフで磨きだした。


さて、改めて願いごとを考えてみると、これがなかなか難しかった。
聡子にとっての一番の願いは智樹と両想いになることで、それはすでにかなっている。だから、魔法の力を使ってまでかなえて欲しい願いなど他にないことに気づいた。

「道玄坂にできたお洒落なカフェバーに連れて行ってくれたの。熱帯魚に囲まれて幻想的だったわ」と冴子が自慢するのを羨ましく思ったことはある。
(だって、デートはいつも河原か居酒屋だし)
由香がクリスマスにもらったと見せびらかすグッチのバッグにも憧れた。
(だって、クリスマスはバスケの試合だったし)

でも、それらは単なる憧れで、実際にお洒落なバーに来てみれば(現実ではないのかもしれないが)なんだか落ち着かないし、高級ブランドのバッグだって、きっと私が持つと似合わないだろうなと、わかる。
不思議な力を使ってかなえてもらいたいほどの願いって‥。
目の前でフリーズしている智樹を聡子は見つめた。

パチンと音を鳴らして、ノアールが懐中時計の蓋を閉めた。
「時間になりました。願いごとは決まりましたか?」

「智樹をもとに戻して欲しい」

「は? それが2つめの願いですか?」
ノアールがあからさまに呆れる。

「うん。それぐらいしか、思いつかなくて」

「わかりました。どうやら私の説明が足りなかったようですね。
『願い』についての認識に齟齬がございます。まあ、昔話もまちがって伝わっておりますから、致し方ないのかもしれません」

「私どもがいう『願い』とは、夢のようなものとお考えいただければ、よろしいかと。一炊の夢をお見せする、あるいは夢の世界にお招きすると申し上げればよろしいでしょうか。
『願い』は決して現実の世界に影響を及ぼしてはなりません。私たちの存在がテラの住人に知られてはならないのと、同じことです。それこそ次元の歪みにつながりますからね。
『願い』とは、ご恩返しとして束の間の夢をお楽しみいただくもの。夢は醒めます。3つの願いをかなえたあかつきには、現実の世界に戻り、すべて忘れてしまうように設計されております」

「すべて忘れる‥。でも、昔話として伝わってるんだよね」

「あなたは、ぼーっとしていらっしゃるようで、時々、鋭いところにお気づきになられますね」
褒めているのか、貶しているのか、わからない言い様だ。
「たまたまスキルの未熟なものが願いをかなえた事例でしょう。あるいは、注意力の足りない者か」

「私はそのようなミスをいたしません。ご心配なさらずとも、智樹様もあなたも現実の世界にお戻りになられますよ。ですから、『もとに戻して欲しい』というのは願いにはなりません」
どうされますか、と言うようにノアールが見返す。

「うーん。そういうことだったら、もう、ノアールにお任せするよ。次は私が満足するような夢を見せてね」

「承知いたしました」

ノアールは優雅なしぐさで一礼すると、ステッキを頭上でくるくると回転させはじめた。最初は小さな円で。次第に大きな円を描きはじめたかと思うと、やがて風が起こり、世界がぐにゃりと曲がった。


(to be continued)

(5)に続く。









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