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大河ファンタジー小説『月獅』21   第2幕:第8章「嘆きの山」(1)

第1幕「ルチル」は、こちらから、どうぞ。
前話(20)は、こちらから、どうぞ。

第2幕「隠された島」

第8章:「嘆きの山」(1)

<あらすじ>
(第1幕)
レルム・ハン国にある白の森を統べる「白の森の王」は体躯が透明にすける白銀の大鹿だ。ある晩、星が流れルチルは「天卵」を産む.。そのためルチルは王宮から狙われ白の森をめざす。だが、森には謎の病がはびこっていた。白の森の王は、再生のための「蝕」の期間にあり本来の力を発揮できない。王はルチルに「隠された島」をめざすよう薦める。ルチルは王宮の偵察隊レイブン・カラスの目につくように断崖から海に身を投げた。
(第2幕)
「隠された島」に漂着したルチルは、ノアとディアの父娘と島で暮らしはじめた。望月の夜に孵った天卵は双子だった。金髪の子をシエル、銀髪の子をソラと名付ける。固く握られて開かなかったシエルの左手から、グリフィンが孵った。けれども、グリフィンの雛は飛べなかった。

<登場人物>
ルチル‥‥‥天卵を生んだ少女(十五歳)
ディア‥‥‥隠された島に住む少女(十二歳)
ノア‥‥‥‥ディアの父 
シエル‥‥‥天卵の双子の金髪の子
ソラ‥‥‥‥天卵の双子の銀髪の子
ビュー‥‥‥グリフィンの雛
ギン‥‥‥‥ハヤブサ・ノアの相棒

 隠された島は嘆きの山の支配下にあるといっていい。
 島のなりたちがそうなのだから。
 カーボ岬の先端にあったヴェスピオラ山が噴火して大陸から切り離され、海を漂う浮島になった。五百五十年も昔のことだが、山にとってはひと眠りほどの時にすぎぬ。
 ――なぜ噴火したのだったか。くらい憤懣のようなものが爆発したような気がする。あの男が必死で鎮めようとしていたな。だが、人ひとりの力で何ができるというのだ。愚かなことよ。噴火のあと何かが吾に飛び込んだ。そうして吾は眠りについた。
 ああ、あの少女はおもしろい。吾と仲良くなろうなど小賢しいわらわよ。鈴のような声と歌で、澱となって淀んだものをわずかではあるが払ってくれた。だが、共に眠っていたものがどこかへ行った今、吾の寂しさはもはやそのくらいでは晴れぬ――。
 
 
 グリフィンはいつまでたっても、飛べなかった。
 鋭いくちばしと鉤爪をもった小型の毛ものに双子は夢中になった。競うようにグリフィンを追いかける。すでに歩けるソラは、そこら中のものを蹴り倒しながら追う。グリフィンは床に散乱する壺やたらい、羽根箒や木蓋などのすきまをかいくぐり、ソラの手をすり抜け、もたもたと這うシエルの背に跳び乗る。翼でひらりと飛ぶのではない。頑丈な後ろ脚でジャンプする。シエルの服を鉤爪でがしりとつかんでその背に這いのぼる。シエルが「あー!」と喜ぶのもつかのま、ソラが猛突進してシエルの背に倒れこむ。グリフィンは寸前で跳びのきソラの手から逃れる。ソラに押しつぶされてシエルが泣く。そんな光景が日に何度も繰り返された。
 逃げる途中も翼をばさばさっと羽ばたかせて風を起こし飛びあがろうとするのだが、椅子の座面ほどで落下する。
「ビューは、なんで飛べないんだ」
 ノアが首をひねる。
 ビューとは、グリフィンの名だ。いつのまにか皆がそう呼ぶようになった。
 グリフィンの雛は常に翼をばたつかせていた。飛べないことがもどかしいのか、食事中でもばたつかせるから餌があおられて飛び散る。羽ばたくたびに、びゅっびゅっと空気が震える。そのようすにシエルはグリフィンを指さし、まわらない舌で「びゅー」「びゅー」と言うようになった。ソラもまねる。それが名になった。ノアは複雑な顔をしていた。
 もう一つ、ノアをとまどわせていることがある。
 ビューは食欲旺盛だ。ハヤブサのギンが仕留めてきた魚を次から次へとたいらげる。日に十匹以上は食べている。それにもかかわらず、掌ほどからほとんど大きくなっていない。
「グリフィンの雛は、ひと月もすると成獣と同じ大きさになるはずなんだがなあ」
 ノアは腕を組んで考えこみ、ヴェスピオラ山を仰ぎみる。
 ビューが孵ってからノアは、嘆きの山をにらむように眺めていることが多くなった。
「また、山を見てるの?」
 ルチルはソラに泣かされたシエルをあやしながらノアに近づく。
「なんだ、またソラにやられたのか」
 ノアはシエルの頭を撫でる。シエルは目尻に涙の粒を残したままノアを見あげて笑う。ノアの厚い手はシエルを安心させるようだ。
 ――天卵の子に母はいても、父はいない。
 お父様の言葉が耳をかすめる。父という存在の重さを思わずにはいられなかった。
「ノアは天卵のことも、グリフィンのこともよく知ってるのね」
「そりゃ、君よりも長く生きてるからな」
 それだけだろうか。
 お父様が知っていたのは、『黎明の書』が伝えていることだけだった。天卵の子が三倍の早さで成長するとは教えてくれなかった。ましてやグリフィンなど伝説の神獣としか知らないだろう。けれどノアは、かつて天卵の子にもグリフィンにも遭ったことがあるかのようにその生態に詳しい。白の森の王とも古い知り合いだという。ノアとはいったい何者なのだろう。どうして隠された島で暮らしているのだろう。
「最近、よく山を見てるわね」
「嘆きの山のようすが気になってな」
「ビューと関係がある?」
 ノアがほおっと目を細める。
「どうして、そう思う?」
「ビューが孵ったときも。飛べないとわかったときも。その窓から山を眺めてた」
「窓に寄りかかるのが癖なんだ」
 ま、思い過ごしさ。とノアはルチルの肩をぽんと叩き、猪をさばいてくると出て行った。
 ――思い過ごしだろうか。
 ルチルはシエルを床におろし、嘆きの山を眺める。その横をかすめるように、翡翠色の翼に赤い腹毛が映える美しい鳥が、すーっと窓から滑りこみディアの肩に舞い降りた。

(to be continued)


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