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大河ファンタジー小説『月獅』41         第3幕:第11章「禍の鎖」(6)

第1幕「ルチル」は、こちらから、どうぞ。
第2幕「隠された島」は、こちらから、どうぞ。
第3幕「迷宮」第10章「星夜見の塔」は、こちらから、どうぞ。
前話(40)は、こちらから、どうぞ。

第3幕「迷宮」

第11章「禍の鎖」(6)

<あらすじ>
(第2幕までのあらすじ)
「天卵」を宿したルチルは王宮から狙われ「白の森」に助けを求めるが、白の森の王(白銀の大鹿)は「隠された島」をめざすよう薦める。そこでノアとディア親子に出会う。天卵は双子でシエルとソラと名付ける。シエルの左手からグリフィンが孵るが飛べず成長もしない。王宮の捜索隊が来島し、ルチルたちは島からの脱出を図るが、ソラがコンドルにさらわれ「嘆きの山」が噴火した。
(前回までのあらすじ:舞台はレルム・ハン国の首都リンピア)
孤児のシキは星司長ラザールの養子となる。「天は朱の海に漂う」との星夜見がされ、ダレン伯が天卵の探索に向かう。王国の禍は2年前に王太子アランが、その半年後に3男ラムザが相次いで急逝したことに始まる。以来、王太子の空位が2年続き、王宮には不穏な権力争いの災禍が渦巻く。それを北のコーダ・ハン国と南のセラーノ・ソル国が狙う。

<登場人物>
ラザール‥‥星夜見寮のトップ星司長
ウル王‥‥‥レルム・ハン国の王
ラサ王妃‥‥レルム・ハン国の王妃・トルティタンの第一皇女だった
カムラ王‥‥レルム・ハン国の前王
アラン‥‥‥元王太子・18歳で事故死
ラムザ‥‥‥レルム・ハン国の第3王子・病で急逝
キリト‥‥‥レルム・ハン国の第4王子
カイル‥‥‥レルム・ハン国の第2王子・妾腹

 二日前のことであった。星夜見ほしよみを終え、朝焼けの半透明に靄った光のなか暁の門へと続く回廊を歩んでいたラザールに大股で迫る足音が耳に届いた。
「ラザール殿、星夜見からのお帰りですかな」
 追いかけてくる声に振り返って驚いた。背後に立っていたのはヨシム准将だったからだ。これまでヨシムが親しげに話しかけてきたことも、ラザールから声をかけたこともなかった。陸軍の准将と星夜見士ほしよみしとの間に接点などない。王宮に何か異変かと、みがまえた。
「ラザール殿とはかねてより胸襟を開いて話したいと思っており申した。拙者はいささか腕に覚えはあっても、お恥ずかしいことに、とんと無学でござる。星の巡りについてご教示願いたい。出入りの商人から年代物のサリュ酒を手に入れ申した。拙宅にて一献、いかがですかな」
 ヨシムが左手で盃を傾けるしぐさをする。
「お招き痛み入ります。ですが、当方には宵闇を恐れる者がおります」
「おお、そうでありましたな。優秀な養子を迎えられたと聞き及んでござる」
「恐れ入ります。かような訳で、待つ者がおりますゆえ失礼つかまつります」
 ラザールは丁重に辞儀をして門を出た。
 ヨシムはその背を残念そうに見送る。
 ノルムの丘から見下ろす城下は、暁の光に裾から目覚めはじめていた。
 
 あれを誰かに見られていたのか。
 ヨシム准将はカイル派と目されている。
 王太子の空位が長くなるにつれ、不穏な空気が蠢きはじめていた。
 ラムザ殿下の一連の葬送の儀を終え服喪が明けたころから、川が二筋に分かれるように四男のキリト派と妾腹の次男カイル派に二分され権力争いの火種が飛び火しはじめた。早々と態度を鮮明にするものもなかにはいたが、どちらかというと皆、形勢を見極めようと日和見を決めこみながらも水面下で画策と駆け引きと奔走を繰り広げていた。腹のさぐりあい、といっていい。王の態度がはっきりしないことがそれぞれの思惑に輪をかけた。
 キリト殿下が立太子するものと誰もが思っていた。それを王妃が渋ったことで本来ならばとうの昔に消えていたはずの埋火が燻りだした。それはウル王とラサ王妃の婚姻の契機となったトルティタンとの和平交渉にまでさかのぼる埋火だ。
 カムラ王の遺命により、両国の第一皇女と一の姫宮が双方の国に輿入れすることでかつてない同盟関係が結ばれた。ただの人質交換とみえた停戦交渉は、その後のレルム・ハン国に戦略的な平穏をもたらした。
 カムラ王が自らの亡き後のレルム・ハン国の行く末を予測してのことであったのならば、実にみごとな深慮遠謀であったと、ラザールはうなる。カムラ王を失ったことが国の禍のはじまりでなかったかと、王宮の凋落を目の当たりにするにつけ思うのだ。
 幼き王にとって、また幼き王を擁立せざるを得ない国にとって、強力な後ろ盾があるかないかは国の存亡にかかわる。トルティタンとの二重婚姻関係は、ウル王とレルム・ハン国にその後ろ盾を与えた。それだけではない。北のコーダ・ハン国と南のセラーノ・ソル国の脅威が増すにつれ両国の同盟の重要性も増した。トルティタンがコーダ・ハン国と戦っているすきをついてセラーノ・ソルの海軍団が奇襲してきても、レルム・ハン国が応戦することができる。これまでは一国で北と南に二分せざるをえなかった戦力を一方に集中させることができるのだ。この効果は絶大であった。ここ二十数年の両国の安泰は、同盟のおかげで保たれてきた。そのことは誰もが認めるところだ。
 一方で、王統の純血はどうなるのか、という声はラサ王妃との婚姻時よりささやかれてきた。ラサ妃の王子たちには異国の血がまじっている。レルム・ハン国の王位の純血が保てないばかりか、やがてトルティタンに併合されてしまうのではないか。頑迷なる保守派のあいだで泡沫うたかたのごとく現れては消え、消えては現れささやかれ続けてきた懸念である。その声を鎮めるべく後宮に迎えられたのが貴嬪きひんのサユラ妃と淑嬪しゅくひんのアカナ妃だ。サユラ妃はギンズバーグ侯爵の、アカナ妃はロタンダ伯爵の姫であり、この国を代表する二家から選ばれた。サユラ妃とアカナ妃の後宮への入内じゅだいが内定した折、はじめてウル王は王太后に抗議したときく。王と王妃はままごとの雛飾りのごとく、夫婦というよりも兄妹のように成長なされた。金の籠に入れられた鑑賞用の二羽の小鳥たち。大人の都合のいいようにもてあそばれる心細さと寂しさをお二人はわけあってきた。それゆえ「ラサだけでよい」と。だがそのねがいは権力の均衡の前では歯牙にもかけられなかった。
「陛下はジェムがお好きであろう。ジェムでも持ち駒が多いほど有利。そういうこととお考え遊ばされるがよい」母である王太后は嫣然と諭した。
 ほどなくしてカイル王子と三人の姫宮が、ラサ妃の王子たちの隙間を縫うように次々にご誕生になられたが、この頃からではなかろうか、ウル王がジェムにのめり込まれるようになられたのは。性欲すらもまつりごと生贄いけにえとせねばならぬ。お飾りとして玉座に居ることの哀しさはいかばかりであったろう。
 ラザールは執務室の中央に据えられた大理石のジェム盤をちらりと見やる。

(to be continued)

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