【取材】明治が推進するサステナビリティと事業の融合(後編)
公益財団法人流通経済研究所
上席研究員 石川 友博
研究員 寺田 奈津美
こんにちは。後編では、人・社会・地球のウェルビーイング促進や、サステナビリティの「自分ゴト化」、エシカル消費の促進などについて、中編に引き続き明治ホールディングス株式会社サステナビリティ推進部の松岡伸次さん、池田祐一さんにうかがったお話を紹介します。
※前編・中編はこちら👇
「meijiらしい健康価値」の提供による人・社会・地球のウェルビーイング促進
――現在、「ウェルビーイング」への注目が高まっています。貴社のウェルビーイングに対する考え方と、関連する取り組みがあれば教えてください。
松岡さん:ウェルビーイングは、元々WHOの定義で「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態」というものです。明治グループでは「meijiらしい健康価値の提供によって、人・社会・地球のすべてが健康である『より良い未来』を実現すること」をアウトカムと考えています。明治グループが提供する健康価値は、心身の健康だけでなく、社会や地球の健康も含まれていますので、これはウェルビーイングの考え方に近いと感じています。
松岡さん:特に、健康については「心と体の健康」として捉えており、食品の機能性や医薬品などの様々な分野で貢献していると思います。具体的な例としては、プロバイオティクスや健康志向のチョコレート(チョコレート効果など)があります。また、予防の観点では、インフルエンザワクチンなどのワクチンも提供しています。さらに、心の健康に関しては、お菓子やアイスクリームなどの商品を通じてお客さまの心の健康に貢献していると言えます。
松岡さん:また、現在、ウェルビーイングの概念は環境分野にも拡張されています。「プラネタリーヘルス」、つまり「地球のウェルビーイング」という考え方があり、地球全体の健康を重視しています。私たちも同じような考え方を持っており、地球の健康を守ることが重要だと考えています。前述の、リジェネラティブ・アグリカルチャーやカーボンファーミングなどの環境への取り組みは地球のウェルビーイングに貢献していると思います。
サステナビリティと事業の融合を目指し、eラーニングや体験型イベントで「自分ゴト化」促進
――貴社のサステナビリティ経営の理想像を10点満点とすると、それはどのような状態でしょうか。
松岡さん:外部評価機関の評価を10点満点とし、グローバルのトップ企業、食品業界で言えばユニリーバやネスレ、ダノンなどを10点とした場合、当社は現状で8点ぐらいだと思います。
この2点の差を埋めるために、DJSIやMSCIの結果を詳細に分析し、当社の強みと課題を把握し、点数を上げるために事業で取り組むべきことを抽出しています。
ただし、評価機関の点数を上げるために活動しているわけではなく、この評価結果を通じて私たちの活動の足りないところを把握し、それを改善することで、当社のサステナビリティのレベルアップを目指そうという考え方です。それによって、社会課題をどう解決するかという点に軸足を置いています。
――現状から1点向上させるとすれば、何をしますか。また、その際の障害となるものは何でしょうか。
松岡さん:一番はやはり、サステナビリティと事業の融合をどこまで進めることができるかということです。
池田さん:一番わかりやすい例としては、サステナブルプロダクツのような商品を通じて実現することが明治らしい取り組みだと思いますので、それをどこまで進められるかが重要だと考えています。
松岡さん:サステナビリティは専門部隊だけがやっている活動じゃダメなんです。やっぱり、やらされ感からではなく、各セクションの社員全員が自分ゴトとして自発的に取り組めるようにならないと、本物にはならないと思います。サステナビリティ推進部がなくても「やっていて当たり前」になり、例えば、サステナビリティを意識しながら商品開発するなど、事業を行う中で当たり前に取り組めるようになるのが理想です。
池田さん:その状態を目指して、会社全体のサステナビリティの理解を深め、自分ごととして実感してもらうために、様々な機会を設けています。2020年4月からは国内社員を対象にサステナビリティに関するeラーニングを開始しました。そして、2021年4月からは新グループスローガン「健康にアイデアを」の体現とサステナビリティ活動の理解浸透を目的に、職場単位で「meijiブランド推進リーダー」を設置しました。
現在、自分ゴト化を推進するための取り組みは、オンライン講座、eラーニング、社内サステナ認定制度、サステナ通信、サスTube(動画)など、多岐にわたっています。特にオンライン講座は高い受講率を達成しており、2022年度は延べ6,715人が受講しました。また、国内社員と海外駐在員約13,000人を対象に4半期に1度実施したeラーニングは、平均91.8%の受講率を記録しました。
また、昨年はサステナビリティの体験型イベント「サステナDAYS」を3日間に渡って開催しました。
こうした取り組みを通じて、サステナビリティ全般の知識と明治グループのサステナビリティ活動に関する理解浸透を図っています。
――社員の人事評価制度において、サステナビリティへの取り組みを評価する仕組みはありますか?
池田さん:まだありません。サステナビリティと事業の融合において重要な取り組みの一つは、個人目標にサステナビリティ要素を組み入れることです。これはサステナビリティ戦略の大切な部分で、現在、経営企画部や人事部が取り組みを進めています。社員全員が何らかの形でサステナビリティに関わっているのはもちろんですが、各事業や各グループのサステナビリティへの関与度合いが異なるため、人事として一律の評価をするのは難しいという問題があります。これは今後の課題であり、取り組んでいきたいと思っています。
ストーリー性のある情報発信によるエシカル消費の促進
――消費者に商品の社会価値をうまく伝え、商品価値として認識してもらうために、どのようなことが重要でしょうか?
松岡さん:商品の良し悪しを超えて、その商品が解決する社会課題に焦点を当ててお客さまに情報を提供することです。
「私たちはこの商品を通してこのような社会課題を解決しています。そして、お客さまにはこうしたメリットがあります」というストーリーを丁寧に伝えることが必要です。このストーリーをお客さまに伝えることができなければ、エシカル商品への需要の喚起も難しいと思います。私たちとしては、そのようなストーリーに共感していただければ、社会価値がお客さま価値に転換されると考えています。
もちろん、エシカル商品の売れ行きは徐々に伸びていますが、ただ待っているだけでは、需要が形成されるのはいつになるかわかりません。今のZ世代がますます購買力を増していく中で、消費構造や購買行動が変化していくと期待していますが、それを待つだけでなく、私たちとしても積極的に働きかけを行いたいと考えています。
――自社が先駆者として独自のポジションを築こうとしているということですね。
池田さん:そうですね。私たちもそうした世の中を作りたいという思いがあります。私たちはカカオ豆の生産には児童労働や森林破壊といった問題についてたくさん情報発信をしているつもりですが、お客さまにうまく伝えきれていないと感じています。直接具体的に説明すると、「そうですよね、その問題は重要ですよね。多少高くてもそのような商品を購入したいと思います」と共感していただけても、そこまでの詳しい情報をうまく発信することが難しいと感じています。
――消費者への啓発をさらに進めるにはどうすればよいでしょうか。
松岡さん:当社から情報発信を行う際に、「サステナブルな商品」という切り口だけで情報を発信するのではなく、マーケティングの一環として行うことが最も効果的だと思います。
例えば、「チョコレートにはこんな社会課題があり、それに対して私たちはこう取り組んでいます」といった形で商品の訴求と一緒に情報を伝えていくようなアプローチです。
他にも、牛が排出するメタンなどによる地球温暖化への影響などの社会課題[1]があり、牛乳についても同様のプロモーションの方法を取り入れています。このような取り組みはこれから進めていきたい領域です。
[1]酪農乳業が関係する社会課題についての詳細は、明治ホールディングスホームページでご確認いただけます。
池田さん:カカオと牛乳に関しては専用の会議体を設けており、そこでの議論を経て、当社として社会課題をどう解決していくのかということを整理しました。
現在、次のステップとして「それをどうお客さまに伝えるか」というコミュニケーション戦略の検討をマーケティング部門と協力して始めています。その嚆矢として、ホームページに「meijiと始めるエシカル消費」というページを開設し、社会課題とその解決に向けたエシカル商品の必要性について情報発信しています。
例えば、「食品の賞味期限を延ばすことは社会課題の解決の一環で、当社ではその課題解決のために牛乳の賞味期限延長や、賞味期限が1年以上の商品の年月表示化に力を入れています。具体的な商品はこちらです。」といった形で、解決を目指す社会課題とともに商品を「Ethical Choice」として関連付けしています。
松岡さん:牛乳の賞味期間を1週間延ばしたとして、ただその事実だけを伝えても、お客さまにはその価値が伝わりません。その商品がどのように食品ロスの削減につながり、社会に貢献できるのかといった社会価値を理解してもらえるような、ストーリー性のある情報発信をしていくことが重要だと考えています。
松岡さん:この「meijiと始めるエシカル消費」の取り組みは一つのスタートであり、さらなる施策を仕掛けていかなければならないと思っています。
現在、中央省庁や自治体もエシカル消費の普及啓発に取り組んでいますが、広がりが十分ではありません。日本では特に「安い方がよい」という風潮がまだ強いように感じますし、昨今の原材料の高騰が非常に大きく、物価の上昇が顕著であることも消費者のエシカル商品を足踏みさせている要因の一つではないかとも考えられます。
この課題には、当社だけでなく、他のメーカーや業界団体などもぜひ一緒に取り組んでいただきたいと思っています。
まとめ
今回は明治グループのサステナビリティ活動について、「明治ROESG®経営」、最先端のサステナビリティトレンド、サステナビリティの「自分ゴト化」、商品を通じた社会価値の訴求などについてご紹介しました。その中で、特に重要なポイントとして、以下の3点が示唆されました。
明治ROESG経営の進化:2026中期経営計画のコンセプトとして「明治ROESG®経営の進化 市場・事業・行動の変革を通じた成長軌道への回帰」を掲げ、「明治ROESG®」を最も重要な経営指標とし、サステナビリティと事業のさらなる融合を目指している。また、その基盤となる「サステナビリティの自分ごと化」を推進し、社員全員がサステナビリティを自分ごととして捉えることができる風土の醸成に努めている。
社会課題解決のストーリーで社会価値を訴求:商品に社会的な意義を持たせ、それを商品価値の一部として位置付けることで競争力の源泉とし、独自のポジションを確立しようとしている。そのためにサステナブルプロダクツなどの商品を通じてサステナビリティと事業の融合を図っている。今後の課題は、消費者に共感してもらえる社会課題解決のストーリーを発信することで、社会価値のお客さま価値への転換を目指している。
最先端のサステナビリティトレンド:以下が最先端のサステナビリティトレンドとそれぞれのキーワード。
①TNFD開示……生物多様性、ネイチャーポジティブ、リジェネラティブ・アグリカルチャー、カーボンファーミング、ソイルヘルス
②栄養課題の解決による健康な食生活への貢献……ATNI、栄養プロファイリングシステム
③情報開示……ISSB、CSRD、ESRS、合理的保証
ROEとESGを組み合わせた独自の指標「明治ROESG®」を経営の最上位に位置づけ、サステナビリティと事業の融合を追求する明治グループの経営手法は非常にユニークで優れています。
また、社会課題解決をコンセプトにした商品開発を進め、現在はまだ認識されていない社会価値をお客さま価値に転換しようと、自ら変革を進める姿勢は業界のトップランナーとして素晴らしいと感じました。今後の取り組みの展開が非常に注目されます。
サステナビリティの最新トレンドとして、ネイチャーポジティブ、リジェネラティブ・アグリカルチャー、栄養プロファイリングシステムや国際的な情報開示制度の進展など、今知っておくべき情報をうかがうことができました。今後も引き続きこれらの情報を注視し、キャッチアップしていく必要があると感じました。
――松岡さん、池田さん、ありがとうございました!
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