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【取材】脳科学が拓くダイバーシティとサステナビリティの可能性~早稲田大学大須研究室の最新脳科学研究~(中編)

こんにちは。中編では、ASD(自閉スペクトラム症)に関する国際研究を通して学んだニューロダイバーシティ(脳の多様性)の概念や、社交不安症状を軽減する研究について、前半に引き続き早稲田大学・大須先生と土屋さんにうかがったお話を紹介します。

公益財団法人流通経済研究所
上席研究員 石川 友博
研究員 寺田 奈津美

※前編はこちら👇



静磁場磁石を利用して社交不安症状を軽減

――ここ1~2年の研究成果の中で、注目されているもう1つの成果を教えてください。

大須先生:もう1つは、静磁場磁石を利用した社交不安症状の軽減の研究です。これも応用の可能性があると考えている研究で、臨床心理学の専門家と共同で行いました。
 社交不安とは、例えばスピーチの際に誰でも緊張すると思いますが、通常の緊張以上に尋常ではないくらい緊張してしまう人のことを指します。

社交不安障害は、人からの注目や人と接することへの緊張が過度となり、心身や生活に様々な支障がおよぶ病気のこと。
出所:医療法人社団こころみ 「こころみ医学」より
(https://cocoromi-mental.jp/cocoromi-ms/psychiatry-disease/sad/about-sad/)

大須先生:私と同じ早稲田大学人間科学学術院医学研究室熊野研究室の富田望先生の研究では、社交不安の人々の右前頭極という脳の部位が活発に動いていることを発見しました。右前頭極はメタ認知や感情の観察に使われている脳の部位で、自分のことをモニタリングしすぎているせいで過剰に反応してしまい、個人が緊張や不安を感じる際に活動が増す傾向があります

出所:コグラボ「人前に出ることを極度に恐れる「社交不安症」に「一日一恥」が効く理由 - 早稲田大学 富田望先生」
(https://www.awarefy.com/coglabo/post/pro_interview_1)

大須先生:そこで、この領域の活動を抑制すれば社交不安の症状が軽減できるかもしれないという発想から、静磁場の磁石を使用することで、この領域の活動を抑制する手法の検証を行いました。この手法の利点は、低コストであり、電気刺激を使用しないため、比較的安全であることです。

 実際の実験では、比較的社交不安傾向のある学生を対象に、バーチャル空間でのスピーチ課題を行いました。磁石を置いた被験者の群とシャムという全く同じ見た目のダミーの磁石を置いた被験者の群を比べると、本当の磁石を置いた群の方が、自己注目度(自分に対する注目度)が低下したという結果になりました。
 これは質問紙調査の結果に基づくものであり、実際の脳の動きがそうなっているのかはわかりませんが、少なくとも本人の感覚としては、磁石を置いた群の方が、磁石を置いていない群に比べて、社交不安の原因となる自己注目の度合いが改善したと感じるという結果になったということです。

 また、もともと社交不安症状のない人にはあまり影響が見られませんでしたが、社交不安傾向が高い人には変化が見られる結果となりました。
 ただし、今回の研究では、実験参加者の数がそれほど多くないため、さらに多くの被験者を対象に検証する必要があります。その結果、この手法が実際に有用であるかどうかを確認できれば、実用化できるかもしれないと考えています。

 他にも磁石を利用した脳のリハビリの研究はありますが、まだ精神疾患にはあまり応用がないと思うので、この手法が使えるとよいと思っています。

 また、この研究のポイントは、脳の活動を上げるのではなく、下げることにあります。
 脳の活動を下げることで効果がありそうな疾患などがあれば、この手法を応用できる可能性があると考えています。脳の一部が活動しないことで起こる疾患もありますが、活動しすぎることによって引き起こされる疾患も存在するため、そういったものに使える介入方法ではないかと思っています。

国際研究を通して学んだ、考え方の違いを多様性としてとらえる「ニューロダイバーシティ」

――この1~2年の研究を通して、何か学びや気づきはありましたか?

大須先生:ダイバーシティに関連するもので、国際共同研究のお誘いを受けて最近論文になった、ASDに関する研究があります。
 以前からASDの研究は行われてきましたが、主にアメリカやヨーロッパが中心で、その研究の被験者は主に白人のヨーロッパ人男性でした。「ASDとは?」という研究において、「白人のヨーロッパ人男性で得られた結果が、すべてのASDに当てはまる、といってよいのか」という点が、ヨーロッパでも問題になったようです。
 女性や異なる人種も含めた多様性を考慮する必要があり、また、文化や遺伝子の影響も重要です。

 このような観点から、国際比較研究が重要だという意見があり、日本でASDについて研究しているところはないかということで、我々の研究室に声がかかりました。その国際研究を通して、国や文化によってASD(自閉スペクトラム症)の人の振る舞い方は大きく異なっていて、日本の中で育ってきたASDの方にも特徴があるということがわかり、興味深く感じました。

 また、ASDの人がそうではない人に近づくべきという考え方ではなく、単にASDの人々が少数派であるため、そうでない人々に合わせる必要があるという圧力があるだけで、もし逆の状況だったら、私たちが少数派の立場になる可能性もあるという考え方に変わりつつあります。

 最近では、ASDの特徴を文化やコミュニケーションの違いと捉えるニューロダイバーシティ」という新しい概念が広がってきており、私はこれにすごく共感でき、そのような考え方でさまざまなことを見ていくと面白そうだと思いました。

ニューロダイバーシティ(Neurodiversity、神経多様性)とは、
Neuro(脳・神経)とDiversity(多様性)という2つの言葉が組み合わされて生まれた、「脳や神経、それに由来する個人レベルでの様々な特性の違いを多様性と捉えて相互に尊重し、それらの違いを社会の中で活かしていこう」という考え方。

大須先生:さらに、この考え方は研究の世界における女性研究者などについての議論でも同じではないかと思っています。男性の中での議論やそのあり方についてもさまざまな意見がありますが、もし女性が多数派になったら、状況が大きく変わる可能性があると感じます。
 政治においても、今は女性の議員比率を増やすことが求められていますが、女性が多数派になった場合、意思決定の仕方自体が変わるのではないかと考えたりします。

――その気づきは国際共同研究を通じて考えられたところが大きいのでしょうか?

大須先生:はい。そういったことを想像するようになったのは比較的最近で、ここ4~5年のことです。私の知人が行った研究で、「女性は男性より忖度しない」という話を聞き、女性が多数派になった場合、政治のあり方自体が変わるのではないかと思ったりしました。

国や文化の違いよってASDの受け入れられ方や幸福度に差がある

――そうなのですね。先ほど国によってASDの方に対する捉え方が違うというお話がありましたが、もう少し詳しく教えていただけますか。

大須先生:国によって、周りにどれだけ溶け込みたいかという考え方に違いがあります。たとえば、日本は同調圧力が強いですが、ヨーロッパの国々では文化によって大きな違いがあります。独立性を重視する文化や、集団での協力を重視する文化があり、この文化の違いによって、幸福度にも大きな差があるようです。

 実際、ASDの人がそうではない人のふりをする「カモフラージュ」という行動がありますが、これは国によって求められる度合いが異なります。また、カモフラージュが求められる国では、カモフラージュをし続けないといけないことがストレスになっていて、それが幸福度を下げているのではないかとも言われています。

 そこで、カモフラージュの度合いと幸福度を国際比較する研究を行いました。日本ではそもそもカモフラージュしているという認識がなく、そういうものだと染み付いてしまっているということもあります。
 これらの話はそれぞれの社会の考え方によって大きく違ってくるということがわかってきました。

――日本では同調圧力が強いため、コミュニケーションの仕方が違うというふうに捉えられないということなのでしょうか。

大須先生:コミュニケーションの仕方の違いがそのまま受け入れてもらえないということです。

土屋さん:コミュニケーションスタイルが異なると、周囲から「ちょっと変わった人」と見られることがあります。
 それが単に「あの人は少し変わっているね」というだけで、本人が幸せに暮らしていけるのならいいのですが、日本では同調圧力が強いため、「なんか違う」ということに対して厳しく、排除してしまうような風潮があります。
 そのため、適切にカモフラージュすることが求められたり、カモフラージュの度合いもやりすぎでもなく、うまくできないのでもなく、程よい程度だとうまく生きていけたりします。このようなカモフラージュの程度や、本人が意識的にカモフラージュしているかどうかは文化によって違ってくると思います。

――わかりました。ありがとうございます。ダイバーシティの国際研究を通じて、国や文化によってダイバーシティの状況や課題が異なること、そしてASDの人々が実際にはコミュニケーションの方法が異なるだけであるのに、同調圧力の強い日本のような国では厳しく扱われる傾向があるという気づきがあったのですね。

大須先生:そうですね。また、それによってウェルビーイングの度合いがかなり違ってくるという点もあります。

――なるほど。ですから、そのためには同調圧力の強さを変えていくことや、コミュニケーションの違いを理解することが重要ということなのですね。

大須先生:そうですね。それこそがニューロダイバーシティの課題であり、まずその状況を知るということが重要です。

☆日本におけるニューロダイバーシティの課題は、ウェルビーイングの低下を引き起こす過度な同調圧力の緩和と、コミュニケーションスタイルの違いを理解し、受け入れる社会の構築です。そのために、まずはこの問題が存在している状況を把握し、少数派と多数派がお互いをよく理解することが重要です。

💡後編では、日本のコミュニケーションが苦手な人への不寛容や、脳科学を活用して環境配慮行動を促す方法の研究についてうかがったお話を紹介します。

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