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#12 雨下の迷い者たち

「どうだった?」
スイが、演奏終わってすぐ僕の方を振り返る。でも、僕が口を開ける前にすぐ、ケイの爆発音みたいな声を響いた。
「どうもこうもねえよ、アコ! お前、Bメロからもっと声出せよ聞こえねえだろ」
「はあ? ケイこそメロディかき消さないでよ、最初のとこ、アルトが大事なんだから!」
「お前がもっと声出せばすむ話だろうが!」
「あんたの声がでかすぎるんじゃん! 声大きければいいってもんじゃないんだよ!」
その二人の言い合いにつられて、部員みんなが言葉をぶつけ合い始めた。あわあわとスイが止めに入る。
「み、みんな落ち着いて。合唱なんだから、お互いに合わせて……」
キーンコーンカーンコーン
下校を促すチャイムが、ノイズ音とともに聞こえてきた。

「ごめんね、みんなちょっとぴりぴりしてるんよ」
下校中、スイはずっと悲しそうな顔をしていた。伴奏者がいない、だけじゃなくて、部員もまとまっていなかったようだ。あの光景はきっといつものことなのだろう。さっき感じた違和感はぬぐえないまま、
「でも、きれいだったよ」
という。
「ユウくんはやさしいね。でも、私だってわかっとるんよ。ばらばらなの。これじゃあ、ナナに見せる顔がないよ」
「ナナって?」
「ユウくんの前に伴奏弾いてくれてた子のこと。最後のコンサートに間に合わず引っ越してまうから、合唱部はやめてまったんやけど。ナナ、伴奏者なのに、合唱のこともすごく詳しくて。本当はナナが部長やるべきやったのに」
スイは困ったように笑う。なぐさめる言葉はあまり得意ではない。だけど、事実なら僕にだって言える。
「スイだって、部長できてると思うよ」
と返すと、また、やさしいねと言われた。
「ナナいつも言っとったの、合唱コンサート当日、虹がかかるといいねって」
「虹がかかる?」
「うん。たぶん『虹を描く』っていう曲歌うからなんやと思う。私ね、その夢、かなえたいんやて」
虹をかけるってこと? 本番中に? どうやって……。聞いてみようと思ったが、やめておく。きっと、スイは伴奏のこと、部員のことで頭いっぱいなはずだ。僕がする質問は、スイを追い込むだけになる気がする。
 分かれ道で、スイはお日様みたいな笑顔で、僕の方を振り返る。
「ユウくんも巻き込んでごめんね。一緒にがんばろ!」
スイが本気で合唱コンクールに向けてがんばっていることが伝わってくる。僕も、力になりたいと思った。合唱のことはよくわからないけど、今まで忘れていたことをスイは思い出させてくれたのだ。何かのために、「がんばる」こと。この人のためにならがんばれる。
「うん!」
よし、ピアノ練習しよう!
ものづくり部のことはまだ、少しだけうさんくさいって思っているから、今の僕には、ピアノの練習をすることが一番スイを支えることになると思えた。

 次の日から、僕のピアノ猛特訓が始まった。スケジュールを紹介しよう。

 朝、登校してすぐ、吹奏楽部に紛れて朝練。
 放課後。
 放課後は合唱部も練習しているが、合唱部の使わない第二音楽室で練習している。

小さいころ、ほんの少しだけお母さんにピアノを習っていたから、かろうじて楽譜はよめるものの、やはり、自分で一からというのは本当に難しい。あと残り一カ月で、本当に弾けるようになるのだろうか。不安が積もるばかりだ。でも、今の僕にできることは、これしかない。イズのマシーン開発の手伝いは絶対できっこないし、まだ雨ふらしとハレノトの関係もよくわからない。僕は本当に、これしかできないのだ。

 さあ、今日も練習だ。と、朝、いつものように音楽室に入る。ピアノのふたを開けて、楽譜をセットする。そこでたまたま、吹部の子の会話が聞こえた。
「あの話聞いた? 机の中に入っているなぞの紙」
「あーあれでしょ、『注文リスト』でしょ」
また『注文リスト』だ。少し興味が出て、僕は耳を澄ませる。
「なんかこわくない?」
「でも、書いたらちゃんと届くらしいよ。私の友達も、ゲーム機ってふざけて書いたらほんとに次の日ゲーム機届いてたって、机の中に」
「ええなにそれ」
「やっぱ、夕日中に起こる不思議な現象の一つなのかな」
「よく聞くけど、結局誰かのいたずらだよ」
「いたずらだとしても、ゲーム機届けてくれるってなかなかじゃない?」
「確かにね」
『注文リスト』———僕はこの前、クラスメイトが話していたことも思い出す———あれ、もしかしたら、『注文リスト』に頼めば、次の日に雨を降らせる機械を作ってもらえるのかもしれない。夕日中の不思議な現象に頼るのは少し怖いことでもあったが、でもやってみる価値はあるのかもしれないとふと思った。

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