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2024年5月の記事一覧

連作⑤『紫雲』

彗星が光の曲線を描くように、 連鎖的に灯り始める白い街灯。 希望を失った私達を迎えに来るように、 脈打つ鼓動を鎮める紫雲。 帰宅を脅迫する鐘の音が 校庭の隅で木霊している。 来世で会えたら、 今度は仲良くできると嬉しいな。 金星が光の粒子を落とすように、 瞳孔の奥で煌めく白い街灯。 絶望を愛する私達を拒絶するように 監視カメラの中で燻む紫雲。 邪魔者同士の逃げ場には 戯言と幻想が溢れている。

詩『虹の境目』

雨滴のひと粒に溶ける陽光が 音階を奏でるように引き裂かれていく。 万有引力の番人は巨人の肩に立ち 多様性さえも法則化する。 私達は単純な方程式置き換えられ 脳内で因数分解されていく。 誰かが落とした赫い知恵の実が 欲望の導火線に火を灯す。 曖昧で不安定な精神の領域に 悪魔たちは白昼堂々 迫りくる。 何故 ありのままでは許されない。 際限なく拡がる創造力で 私達は絶えず濤となり風となる。 境目なく横たわる虹色の橋を 私達の心に喩えるのは あまりに陳腐な試みだった。

連作④『玉蜀黍』

灰褐色の幻燈に照射される光線、 時間と物語の螺旋を吐き出す映写機。 有意義と無意義が極彩色の糸屑のように絡まって 仄暗い箱の中で虚像の音響を掻き鳴らす。 破裂した玉蜀黍を摘んでは 歯の隙間に挟まる飴色の言葉。 帰りたくない。 赤褐色の座席を歪曲させる体躯、 鼓動と呼吸の連続で紡がれる細胞分裂。 情熱と諦観が素粒子の紐のように交差して 薄暗い箱の中で二人の肩が触れ合う。 閃光が暗黒を破り棄て幻燈は砕かれる。 破裂した玉蜀黍が床上に散りばめられている。 貴方は腕時計の螺子

連作③『肝試し』

玻璃の隙間から月が放った光線で 凍てついた脳漿を貴方は隠そうと必死になる。 教壇に舞う白墨の鱗粉に魅せられて 鈍色の魔物が私達に喰らいつく。 誰も見ていないよ、 律儀に恥ずかしがる必要もないでしょ。 完璧を装う人体模型の眼光で 凍てついた脳漿を貴方は剥き出しにする。 試験管に模様を描く薬品に吸い込まれて 碧色の異世界が私達を手招く。 恐がらなくて良いよ、 私達は多分 不死身だから。 妄言を吐いて哂い合う月夜の理科室、 肝試しの終わりなど来なくて良い。

連作②『靴箱』

錆びた金属製の靴箱の扉に 薄橙色の瘡蓋が張り付いている。 名前札は時間の激流に洗われて 忘却の三角州で眠っている。 桃色の封筒で包んだ便箋、 宛名も差出人も不明の手紙。 何世紀も先の未来で化石になった言葉が 古語辞典で解析され息を吹き返すような、 遺伝子が組み込まれているような。 錆びた金属製の靴箱の扉に 薄橙色の瘡蓋が張り付いている。 空虚に満ちた水溜まりに 私は桃色の小石を投げる。 同心円状に拡がる漣を見て 誰かが気づいてくれたら良いな。

連作①『始発』

水曜日の早朝に揺られながら走る 額に新品の吊り革の影法師。 太陽の白煌が貴方の髪に金輪を描いて 光の粒は長めの前髪にぶら下がる。 その完璧な秩序を この両掌で崩してやりたい。 点滅する遮断器の赫い音が 潮汐のように寄せては返す。 黝く迸る貴方の襟足の下に隠された 透明で闇色の柔肌が爆ぜる。 その高潔な姿を この唇で穢してやりたい。 猫のように滑らかな欠伸をして 眠たそうな頬に靨を浮かべる。 水曜日の早朝に揺られながら走る 私は貴方に恋をしている。

詩『歯車』

賞味期限切れの常套句を燃やして 黄金色の錆びた歯車を回す。 発電所の夜は刹那的な悠久であり 北窓から覗くポラリスを愛でる。 傾いた地軸は弐拾参点四度 円周率の輪廻が私達を引き離す。 機関仕掛けの遠心力で 再び貴方は異国に旅立つ。 発電所のよるは刹那的な悠久であり 北窓から覗くポラリスを愛でる。

詩『私』

臍の緒が断たれた瞬間から 生命は自意識を押し付けられる。 羊皮紙を被った狼のように 虚無の骸に閉じ込められて。 夏場に冷房の効いた部屋で風鈴の音を聴くように 居心地の良い場所と言葉で身を護る。 蚊に刺され腫れた左腕を掻き毟るように 傷つけられたら躍起になって抗う。 本当は何も持っていないのに。 そこに舞い降りたのは 天使でも妖精でもなく貴方だった。 納屋の奥に眠っていた缶詰が開くように 私の心に亀裂が走った。 体温の優しさと 感情の鮮やかさを知った。 でも 冬場にド

詩『苺(令和六年能登半島地震に寄す)』

画面の向こうが灰色に染まる 砂嵐 鹹い濤と罅割れた玻璃が突き刺さる。 地球は導火線のような半島に火を点けて 私達の心を碧く追い詰める。 画面の前で私はひと粒の苺を齧る。 混じり気ない最高純度の甘酸っぱさ。 何で不味くないんだよ。 赫く燃える果実の表面、 夜空に充満する黒煙と阿鼻叫喚。 同情する権利も持たない私に対し この不条理は苦々しく突き刺さる。 淡く揺らぐ青春の哀しみが 血塗れの下着に映っている。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

詩『森林限界』

菌類の蔓延る泥沼の畔で 緑は雷鳴のように私の肌を伝う。 生命を阻む等高線の縁で 湿度高めの言語を放つ森林。 重力は奇跡の球体を造り その腕の中で私達は孤独になる。 藻類の蠢く水溜まりの陰で 白は大蛇のように私の肌に絡まる。 曙がなぞる等高線の端で 目醒時計を黙らせる私。 旅立ちの時は今だろう。 解放されたのか 隔絶されたのか、 森林は言葉なく私に手を振る。 幻の連鎖を断ち切って、 私は限界を超えていく。

詩『黄色ボタン』

熱を帯びた漆黒の直方体が、 黄昏の残滓を反射する。 眼球と脳を繋ぐ神経細胞を弾いて 電気信号のような重低音を奏でよう。 涙腺から溢れ出す濁った飛礫は、 珈琲味のドロップス。 独りで頑張ったんだ貴方が居ない間も 柑橘類の匂いがする洗髪剤を洗い流している間も 眼鏡に付着した柔らかな指紋を拭っている間も ずっとずっと独り法師で。 何故なんだろうか。 記憶の録画一覧を開いても、 削除するための黄色ボタンを持っていないリモコン。 早送りで再生する走馬灯も、 終わりそうにない夏さ

詩『姿勢』

背表紙がその名を提示する 書籍の群れが隙間なく並ぶ木製の棚。 床 タイルの溝を満たす埃、 雨に濡れた靴跡が青く黴びる。 沈黙には意見を求め、 勇者には謹慎を望む 大人達。 電灯が白く点滅して言葉を紡ぐ、 視線を上に移せば猫背が痛む。 低体温な光は暴力的に濁流を成し、 私は慌てて目を伏せる。 深夜のニュース速報のような私達を 暗闇は薄汚い布で包み込む。 無邪気な子供は天井を見上げ、 物理法則の美しさに頬を赤らめる。 きっと身の丈に合わなかっただけ、 多分 姿勢が違っただ

詩『狼煙』

夕陽を両眼で搾って みどり色の果汁で喉を潤す。 埃の染みる路地裏、 堆積した段ボールと垂れ下がる電線。 擦り減った燐寸を握り締め、 誰かが反撃の狼煙を上げる。 そんな予感がしている。 燻る熱情に水を注ぐ世界、 諦観の芽吹きに化学肥料を撒く時代。 夕陽を両掌で掴んで 乳白色の雲を虚空に拡げる。 独り言のように零れた火種を 前照灯にして進む。

詩『紫陽花』

酸性雨が焦がす土瀝青の片隅に、 萎れた紫陽花の花びらを撒く。 その輪郭線は滲み出し、 色彩だけが模様となり永遠となる。 誰かの靴跡で 穢れた感情と記憶。 月球が降り注ぐ混凝土の真ん中で、 踏み潰された紫陽花の花びらを拾う。 その色彩は灰となり、 輪郭だけが額縁となり真実となる。 今夜は晴れたね。 隣で笑うあなたに、 今夜も晴れたね。 隣で答える私。 紫陽花の降る季節になると、 寒くて夜も眠れない。 誰かとまた紫陽花を拾うあなたに、 背を向けて歩き出す。