ものがたり屋

ものがたり屋 弐 総合ページ

 うっかり閉め忘れた襖の影、街灯の届かないひっそりとした暗がり、朽ちかけている家の裏庭、築地塀に空いた穴の奥。
 気づかなかった身のまわりにある、隙間のような闇に、もしかしたらなにかが潜んでいるかもしれない……。
「ものがたり屋 弐」は好評をいただいた「ものがたり屋 壱」よりも長めの短編集です。
 怪しくてそしてとても不思議な世界をどうぞ堪能してください。

●トンネル

「例の場所にこれからいかないか」
 雅之から電話があったのは、蒸し暑い夜の十時過ぎのことだった。
「ねぇ、誘ってくれるのは嬉しいけど、わたしのこともちょっとは考えてよ。夜遅くにのこのこと出かけられるわけないじゃない。おとうさんうるさいの知ってるでしょ」
 麻美はそう断った。
「女の子がいれば雰囲気も盛り上がるのに、残念だな……」
 雅之は、本当に残念そうにいった。
「それで誰がいくの?」
 二階にある自分の部屋のカーテン越しに茹だりきってしまったような外の様子を眺めながら麻美は訊いた。とろっとした妙な暑さが街を包んでいるようだった。
「タケシと達也」
「友加里は? 彼女は誘ったの?」
「怖いから、ぜったいに嫌だって。付き合ってもう長いけど、あいつそんな恐がりだったっけ」
続く

●靴

 目覚めの気分は最低だった。
 頭が痛いし、胃もむかつく。完全な二日酔い。ここまで酷いのはちょっと記憶にない。
 俺はベッドから這い出ると、そのまま冷蔵庫までよたよたと歩き、スポーツドリンクのペットボトルを取り出すと一気に飲み干した。
 そのままベッドへ戻るとまた横になる。
 ふと気になって枕元においてある携帯で時間を確認した。
──やっべぇ。
 再び、起き上がるとその携帯で会社に電話した。
「お電話ありがとうございます。カザマ商事でございます」
 だれが出るのかちょっと緊張していたがその声を聞いてホッとした。
「あ、松木先輩。俺っす。菊池」
「なんだよ、どうした」
 松木先輩のよそ行きの声がいつもの声に変わった。
続く

●山ガール

「ごめん、トシヤとはもう逢えない。これで最後……」
 会社からの帰りの電車の中で、俺はただ呆然としていた。何度、携帯の画面を見てもメッセージはそれだけだった。
 会社帰りの人たちで混雑した車内にいたはずだが、揉みくちゃにされることも気にならず、俺は吊革に掴まりながら携帯の画面に釘付けになったままだった。
 ──どうして?
 稜子と付き合い出してもう一年になる。お互いに真剣に付き合っていた……はずだった。それとも、それは単なる俺の希望的観測でしかなかったんだろうか?
 その日、俺はどこをどうやって帰ったのかまったく覚えいてない。ただ頭の中ではそんな疑問が駆け巡り、アパートに辿り着くと電気も点けず、部屋の中でじっと携帯の画面を見つめたままその夜を過ごした。
続く

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