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小説 -DAWN OF AKARI- 奏撃(そうげき)の い・ろ・は(04)

 この独自ビルドの物語にはオープンソースコミュニティへのリスペクトも兼ねて様々なオープンソース・ソフトウエアやガジェットが遊び心で登場してきます。その辺りも楽しんでただけるように頑張ります。



4

 6月のロンドン、この季節は日没時間が遅いこともあって、繁華街のソーホー地区は地元のみならず多くの観光客で活気にあふれていた。街は華やかなネオンが輝きパブやナイトクラブは多くの人で溢れている。
 そんなソーホーにも観光客が敬遠しそうな裏通りがある。そんな裏通りの一角にある店、それが『バンザイ・ダイニング』だ。
 その名『バンザイ【万歳】』が示すように日本料理店なのだが、暖簾が架かっている扉を開けて中に入ると、テーブル席はなくて、カウンター席が八つのみという、こじんまりとしたパブのようだった。
 壁に無造作に貼り付けてある大入り袋と旭日旗をあしらった様なポスター、若干古びた招き猫の置物以外に日本を感じさせるものはほぼ皆無であった。その上、ジュリー・クルーズの有名な曲" Falling "が店内に鳴り響いている。どうやらカウンター横の壁掛けテレビで米国で随分昔に流行ったドラマ『ツイン・ピークス 』を映していたのだ。
「どう考えてもマニアックな店だ」
 アレイスターは入店するなりそう思った。
「いるかい?!」
 マットがそう言うと、カウンターの奥から、痩せ型で白髪髭面のいかにも東洋人と思しき男がやってきた。
「マットか、久しぶりだな。おや、お隣の彼はお連れさんかい?」
「あ、いや、そういう関係じゃない。同僚だ」
 マットがカウンター席に座りながら答えた。
「マット、大丈夫かい? ここ」
 不審そうな顔をしたアレイスターがマットに小声で聞いた。
「味は保障する。なあ、サミー・ジェイ! いつものを二つ頼むよ」
 サミー・ジェイ、そう呼ばれている男の本名は鮫島幸一。日本の飛騨高山出身の料理人だ。
「相変わらず気色悪いドラマ流してるな、こんなんでお客入るのかい?」
 そういうマットの問いに、
「これは嫌なお客を店に入れないための……いわゆる魔除けみたいなものだ。だがそれでもお前のような奴が、ここを嗅ぎ付けて来るがな」
「サミー、そいつはひどいぜ。俺たちが、まるで迷惑な客みたいじゃないか……せっかく美味いラーメンを食べに来てやったのに」
 サミーはにやりと笑いながら、コンロに火をつけた。
 サミーこと鮫島がここにロンドンで店を出してから七年になるが、マットはオープン以来のここの常連客だという。鮫島にサミー・ジェイというニックネームを付けたのも彼だ。サミーは苗字の鮫島を捩ったもので、ジェイは日本=JAPANを意味するアルファベットのJと、鳥のカケスの英語名である" jay "を掛けたものだった。何故カケスなのかは、それはサミーに教えてもらったことに由来するのだが、日本の昔の子供向けアニメ『山ねずみロッキーチャック』英題" Fables of the Green Forest "に登場する『カケスのサミー』という森の情報屋のキャラの名前が元ネタだ。
 そう、彼は表向きこそ日本料理人だが、その実はロンドンの裏事情を知る情報屋なのだ。
 ソーホー地区周辺で日々起きている出来事や、街を出入りしている人の情報についてはこのサミーの右に出る者はいない。
 情報屋としてこの地区に彼が存在できるのも、彼のこの情報量とその彼のスタンスのおかげだった。彼は政府や警察、そして犯罪組織に対してもいつも中立の立場を貫いていたのだ。
「――で、今日は何味のラーメンを?」
 サミーが包丁の手を止めて、切り出した。
 この店で出しているのは『高山ラーメン』という、醤油(ソイソース)ベースのたれとスープを一緒に混ぜて寸胴で煮込むシンプルな味わいのラーメン一種類のみだ。サミーが客に味を聞くことはない。ということは別の意味がある。つまり彼は情報の依頼について尋ねているのだ。
「見てもらいたいんだ。見覚えはないかい?」
 マットはジャケットの内ポケットから官給品のスマホを取り出し、一枚の写真を表示させるとそれをサミーに渡した。
「くそ! 慣れないと使えないな。マット頼む」
 サミーは、マットから手渡されたスマホがうまく使いこなせず表示されていた写真を閉じてしまったのだ。
「緑色のロボットや林檎じゃないのか?警察(あんたん所)は何故か知らないが、なんでこんなものを使わせるんだ!」
 サミーはとても不満げだ。普段一般的なスマホを使っている彼は、『ウブンツ・タッチ』の官給品スマホの操作方法がなかなか理解しづらかったのだ。
 今日、英国など多くの欧州の政府や公的機関では、アメリカに拠点を置く特定の大手ベンダーのソフトウェアから脱却し、オープンソースのソフトウエアを積極的に採用している。その一環としてMPSでも試験的に、ロンドンに本社を持つカノニカル社が開発とコミュニティの支援をしている『ウブンツ』というリナックス系の基本ソフトを搭載した、パソコンを含めたIT端末機器を多く採用している。当然官給品のスマホもカノニカル社の後を引き継ぎUBportsで開発されている『ウブンツ・タッチ』のものが支給されていた。
 嘆くサミーを横目に、マットは官給品のフェアフォン2(Fairphone2)の画面に難なく写真を表示させた。
 それは監視カメラから抽出したあの赤毛の少女の写真だった。
「ほう、見たことあるな。……そうか、この辺では最近良く見かける。そう、……この子、確かラディソンの店で歌っている女だ! ブリューワー・ストリートにあるクラブハウス『シン・禁断の惑星』(ネオ・フォービドゥン・プラネット" Neo Forbidden Planet ")だったはずだ。そういえば以前、ラディソンのところからこの女が一度逃げ出したことがあったな。彼の手下が血眼になって探しだしたんだ」
「ラディソンって、あのミスター・ラディソン?」
 マットがサミーの顔を見て言った。

 ミスター・ラディソンと呼ばれる男の素性や本名は誰も知らない。半年ほど前に突然やって来て、ナイトクラブやゲイバーなどを矢継ぎ早に開店させ、この地区でその勢力を伸ばしている新進気鋭の実業家だ。
 ラディソンについては謎が多く、彼の部下には破落戸まがいの連中や、軍隊上がりの者も多く見られ、地元住民とのトラブルもしばしば起きている。また、マフィアとも繋がり薬物などの非合法な取引もしているという噂もあるようだが、その実態は謎のままである。

「で、この女がどうしたんだい?」
 サミーがマットとアレイスターの様子を窺った。
 アレイスターが答えた。
「アカリ・アリシマ。1年前に行方不明になったジョン・アリシマの一人娘だ」
「アリシマってあの製薬会社のことか? この子がその行方不明の娘だと?」
「ああ、そうだ」
 サミーは何か引っかかっているようだった。
 サミーは自分の顔の前で両手を合わせ指の先端で鼻を触りながらアレイスターの顔をじっと見つめた。
しばらくしてサミーが口を開いた。
「この子がお前の探している子ならば、もし会えばきっとあんたに災いが及ぶだろう」
 突然奇妙な事を言い始めたサミーにアレイスターは驚いた。
「――まるで占い師だな」
 不審げな顔をしているアレイスターにマットが横から切り出した。
「アレイスター、ホラー映画『ザ・リング』" The Ring "を観たことがあるか? 20年ぐらい前にヒットしたヤツだ」
「――なんだい? 映画? ああ、以前ホラー映画特集を深夜のテレビでやってたときに観た記憶があるが、日本の映画だろ?けっこう怖かったのは憶えているが、ストーリーとかは憶えてないなあ。それが一体全体どうしたって言うんだい?」 
 サミーの顔をチラ見しながらマットは語り始めた。
「実は以前聞いた話しなんだけど、その映画って、彼と同郷出身者の福来友吉という超心理学者が1910年代に実際におこなった『千里眼』という超能力者の実験をモチーフにしているらしいんだ。千里眼とは念写とか透視能力を持つ超能力者のことなんだが、当時の日本では福来博士はペテン師扱いされてしまったんだが……」
「――あんたら、もしかしてカルト教団か何かかい?」
 アレイスターはカウンター越しのサミーとマットを交互に見ながら問い掛けた。
 すると表情も変えずサミーがその後を静かに続けた。
「私が日本の大学で心理学の研究をしていた頃の話しだ。
 幻覚という結論で心理学では説明されるような症例なのだが、実際問題それだけでは説明できないような特異現象に何度か出会してな……所謂、超常現象ってやつだ。
 それが切掛で、私は超心理学の分野にも興味を抱くようになってな……そこでその分野の具眼の士とも言われる福来博士の存在を知ることになった。
 偶然にも彼が同郷ということもあって、彼が残した実験記録や書籍など様々な資料を、私は地元に戻って調べる事が出来た。当然、彼の実験の追検証もしてみた。
 するとだ……私自身にも千里眼の能力があることに気づいたんだ。私は目の前にいる人物の前世や後世を観ることが出来たんだ。
 そしてその能力のおかげで私は今ここロンドンにいる。
 アレイスターといったな……お前は運命とか宿命を信じるか?」
「あんた、気味が悪いなぁ」
 サミーの話から喩えようのない不気味な不安に駆られたアレイスターだった。
「たぶん、おまえ自身の中にお前が求める全ての答えがある。汝の意志することを行え」
 サミーの言っている――自身の中にある答え――というのは全く理解できなかった。
 ただ――汝の意志することを行え――というフレーズはアレイスターの遠い記憶に何故か符合した。アレイスターが思い出すことが出来ない記憶なのだが……

 少しの沈黙の後、調理場のコンロの鍋からソイソースの香ばしい匂いがしてきた。


――――物語は05に続く――――



口絵「RUDSON」イラスト 無謀王ああさあ

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