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タバコの灯は消えない

やさしさのおすそわけ

喫煙所コミュニティという言葉は最近無くなってきたのだろうか。
どこもかしも受動喫煙防止法という大衆のエゴを振りかざし、喫煙所を破壊していく。「こちとらたばこ税も収めている高額納税者様やぞ」という怒りをたばこの煙と吐き出すべく、私は今日もいそいそと喫煙所に向かうのだった。

喫煙所は好きだ。喫煙所にはライターの貸し借りという暗黙の習慣がある。今は私もアイコスなどの電子タバコユーザーになり、紙たばこユーザーは目に見えて激減してしまったが、ライターを忘れた人は近くの人にライターを借りるのだ。あれは見ていてほっこりするし、気持ちのいいものだ。あそこには利害もなにもない純粋な善意と感謝があるからだろう。

喫煙所がハズレな時、とても嫌な気持ちになる。
部下を引き連れて偉そうにしているおっさんがいたり、やたら息を吐く音がでかいおっさんがいたり、咳がうるさいおっさんがいたり…
書いてて気づいたが大体おっさんが悪い。こうしたおっさん達を見ていると「ああはなりたくないな」と切に思う。人の振り見て我が振り直せとは妙を得た言葉である。

喫煙所だけでなく話までもおっさんに浸食されてしまったが、とにもかくにも喫煙所が好きなのだ。喫煙所は守ってくれる、私を脅かすなにもかもから。

社会一年目だったある日。会社に入って唯一メンタルがやられた日があった。仕事で失敗をし、客先から直接上司に大クレーム。大事なお客さんだったことを覚えてる、一年目にやらせるなよとも思うが…
今だったら何をそんなに悩むことがあるのかと笑い飛ばせるようなレベル。
でもダメだった、怒られたから悲しいとかではない。そんなものははるか昔に捨ててきた。

自分にはプライドがあった。確固たる努力に裏打ちされたわけでもない一番危ないやつだ。器用貧乏だからなんとなく色々なことがそれなりにできた。あやとりや手芸がうまいとかではない、立ち回りや勉強の話だ。学ぶわけでもなく根回しもできたし、だれとでも仲良くできたし、勉強もやる気さえあればできた。そんな努力もしなかったやつのプライドなど、煙みたいに実態はない。社会人一年目をうまく乗り切ってきた自分の煙はかくして霧散したのだ。

会社の喫煙所はコミュニティの場として最適である。仕事に対してATフィールドが展開されている。関係性がどうであれ、皆仕事の疲れを癒そうと喫煙所に逃げ込んでいるのだ。縦の関係性も横の関係性も存在しない。くだらない話、趣味の話、社内の恋愛事情、スケベな話でありふれている。そんな空間が無味無臭な仕事に味を加えてくれるスパイスなのかもしれない。
実際、喫煙所で仲良くなっておくと仕事上やりやすくなることが多い。特に若手の社会人は喫煙はお勧めする。なぜなら喫煙者は上司のおっさん達が多いからね。

またまた話は逸れたが、私も仕事でイライラすると喫煙所に逃げる。さぼっているわけではない、戦略的撤退である。案の定上段で書いた唯一の大やらかしの時も喫煙所に逃げ込んだ。当時の職場には喫煙所が二か所あり、普段あまり使われていない方に私は向かった。一人になりたかったからだ。一人で「これからどうすっかなぁ、もうやめようかなぁ」と天を見上げていた時、見知った顔が現れたのだ。いつも激詰してくる先輩である。目が合ったら「間違えて2本買ったから飲みなよ」ってコーヒーを投げてきた。
「お前絶対間違うわけないやん」って思いながらありがたく、コーヒーを受け取った。

それから一緒にタバコを吸った。特になにも話しかけてはこなかった。私はそんな不器用なやさしさがなぜか刺さった。
「お前普段こっちの喫煙所使わないやんけ、俺をわざわざ探しにきたのか?」と素直じゃない私の心は心の中で毒づきながら、泣きそうになっていた。気づいたらぽつりぽつりと話し始めていた。全部話始めるまで黙って聞いてくれた。正直何を言ってくれたのか詳細には覚えてない。話したらスッキリしてしまったから。キザな先輩だったからどうせかっこつけたありきたりなアドバイスだろうって勝手に思っている。

でもうれしかった、その武骨なやさしさが。自分のために喫煙所まで追いかけてきて話を聞いてくれようとすることが。会社のデスクでは絶対にできないし、してくれないもんな。

あれからは特段仕事で落ち込んだことはない。別に先輩のおかげというわけではなく、単に私ががんばっているからだ。生意気な後輩ですみませんね。でも確実に先輩のあの行動が私のタバコに火をつけてくれた気がする。消えていったプライドという煙を吸い込むことができたから。

あの時の先輩が純粋な善意で私に火を灯してくれたように、私は純粋な善意へのあこがれがあるのだ。嘘偽りのない限りなく透明に近い心。私には欠けているから。
だからこそ私もライターを貸してあげたい、煙で汚れた心でも。そんなことを思いつつ、私は今日も喫煙所に向かうのだ。


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