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「蜜蜂と遠雷」を読み終え、シング2を見終えた私の敗北感について

 

音楽にはかなわない。

 蜜蜂と遠雷、シング2という作品を立て続けに呑み込んで、完全に敗北した。人生は美しく敗北するためにある、と敬愛する本「20代で得た知見」にあるが、この敗北は美しいと信じている。

 今まで、言葉で紡ぐ物語こそ全てのエンタメの源流、第一次フィクションだと考えていたのに、そんなことはなかった。
 だからと言って物語は劣ってるとかそういう話をしたいのじゃあない。ていうか芸術に勝ちとか負けとかいうんじゃねえ。人間ヤダァ!すぐに優劣をつけるんだもん。でも優劣があった方がわかりやすくて感動してしまう、夜空が綺麗なのは星以外が暗いからなんですよという話はいいから、とりあえず作品の感想について話せ。

 まず、蜜蜂と遠雷について。実は、積読3年という熟成期間を経て読了した。手をつけては棚に戻し、開いては閉じ、していた程に読書開始エネルギーが恐ろしく高かった作品だった。
 というのも、私がピアノと全くソリが合わないからだ。
 ピアノは一年でやめてしまった。練習が嫌いで嫌いで。両手を別々に動かすなんて人間のやることじゃない!と豪語したり、同級生の死ぬほどうまい演奏を聞いてはこいつには敵わんと色々思い知ったり。まあ、周囲に優秀なピアニストが多すぎたのは大きい。
 音楽の街浜松、と言われるくらいに、私の地元では音楽が盛んだ。国際ピアノコンクールやるし、クラスの3人に1人がピアノを習っているという噂がまことしやかに流れていた。体感的にはあながち間違いではない、友達にいつ遊べる?と聞くと木曜はピアノがあって〜と言われ、ピアノ習ったことある人〜と聞かれればクラスの半分が手をあげて、まあ、ピアノとは逆上がりができるかどうかと同じくらい普遍的な能力だったわけですよ。
 そんな世界線じゃ楽譜読めない族は肩身が狭い狭い。肩幅が当時から広めだった私でさえ、音楽会のたびに体を半分に縮める勢いだった。
 
 そんな私にとって、ピアノの天才たちがしのぎを削る物語なんてコンプレックス刺激剤のようなものだ。
 プライドバリ高女の私が、問答無用で降伏するピアノという世界。魔王城にひのきのぼうで乗り込む心地で、いざページを捲れば読了まであっという間だった。嘘だろと思う程の読みやすさ。魅力的で気取らない登場人物。おそらく綿密な取材や筆者の経験が練り込まれた演奏描写と解説、どれもこれもダイヤモンドを砕きそうなくらい研磨された完成度ですよ、すごいよ、音楽を作家が描くとこんなにみずみずしい文章になるのか!
 1番印象的なのが、「音楽は自然の中にある、曲はそれを写し取っただけ。」という考え方ですね、これが敗北感の正体。私にとって物語は、人がいてこそ存在できる現実にはない空想上の物体なんだけど、音楽は違う。きっと人類が滅亡しても、音楽はそこに「ある」のだなあと感じてしまうと、やはり形なき実在を可能にしている音楽ってかなわんなと思うのです。
 そして、物語は読まなきゃ、聴かなきゃ、見なきゃならない。一方で音楽は、聞こえてくるんですよ。耳にね、強制的に入ってくるの、強すぎないか??そしてあるフレーズが耳に引っかかって、だんだんと引き込まれていくんです、物語じゃなかなかできませんよこんなの。

 そして、とどめの一発を食らわせてきたのが映画シング2。メイン声優のほとんどを歌手が務めるほどの歌唱重視映画なんですけどね、これがまたさぁ、歌がすごいの。ライブシーンのアドレナリン放出量ちゃんと測っておきたかった、きっと自己ベスト出ましたね。そして、ストーリーはかなりイマイチだったんです個人的には。納得いかないところが多いし、ちょっと敵役の扱いが雑だったし。でもね、見終えた時泣いちゃったんです。音楽の良さにはかなわない。ビミョーな性格でも顔面ヨシ!の一点突破で生きていけちゃう強さみたいな(クソ失礼)敗北感で泣いた。申し訳ないけれど、音楽は強いなと、打ちひしがれた。

 そういえば、一時どんなエンタメも受け付けなくなったことがあった。マンガや小説に手を伸ばすことすら重だるい時に、心が動いたのは歌だった。
 そういえば、人が死んでしまう時最後まで生きてるのは耳で、音だった。
 さすが、神様が人に与えたギフトと言われる音楽というのは、神々しい。人の本能にダイレクトに迫ってくる音楽、これからもっと私の中で存在感を増していくんだろうなぁと思うと、私もちょっと音楽する側に立ちたいなんて野心も芽生えた。

 大昔に言われた「音感は割といい」という社交辞令を信じて、もう一度ピアノでも触ってみようか。それか、作曲アプリでも使ってなんかそれっぽいやつでも作ってみようかな。
 楽しくなってきてなんとなく漏らした鼻歌は「ずっと真夜中でいいのに」の『夜中のキスミ』だった。「知らないままでいたいけど」で始まるこの歌が、音楽の強さを知ってしまった自分みたいで、無意識の鼻歌選曲に吹き出してしまった。

 

やっぱり音楽にはかなわない。

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