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厩戸王(聖徳太子)の教えと自他を認める文化の共存の果てにあるもの

日本にいた頃、小学校に通う子供のクラス懇談会で起きた事をふと思い出した。

クラスの子のお父さんが闘病生活の末、亡くなられた。小学生の二人の子を持つそのお母さんはその日以来学校行事へは来なくなった。来なくなったというよりは「来られなくなった。」の方が正しいかもしれない。

噂では色んな話が飛び交っていたが、なんでもクラスで近所に住む一番仲良しだった子の母親の話では、訪ねて行っても応答は無いし、メールの類も返信がないらしかった。

でもその家庭の子供達はちゃんと学校へ通っていた。ただ、下の子が休むと上の子も面倒を見るために学校を休んでいた。上の子はわたしの上の子と同級生だったのでそれを知っていた。

丁度その時期にわたしは保護者の学級委員をやっていた為、少し時間を置いてその奥さんから連絡を貰っていた。

しばらくの間、学校へは行けないと思うこと。更に再来年に受けている父親の役員は受けることが出来なくなってしまったので、別の人にお願いしたいということだった。

その電話があった時には、簡単な話程度はした記憶があるけれど、旦那さんのことについては触れなかった。自分なら触れて欲しくないと思ったからだ。

役員を決めなければならないので懇談会を開いた時のことだった。奥さんから連絡があったことを話し、亡くなられたご主人の代わりの役員を再選出しなければならないという話をしたのだが、まず自称一番仲が良かったという近所の奥さんが、彼女が出てきて皆んなの前で説明するべきなのではないかと言い出した。

それを端に、私は再選出に納得出来ないという保護者まで出て来た。
聴いているのが辛かった。もしこの場に奥さんが来ていたら晒し者であったことは間違いない。
でも本人が居たらもう少し言葉はオブラートに包まれていたのだろうか。

ご主人を亡くされた自身の悲しみと向き合う時間などきっと無く、これから先のこと、子供達のことを考えなければならない中、たかが学校の役員のことで、他人に攻撃されなければならないなんて、有ってはならない事だと思った。

なぜ同じ子を持つ親なのに、想像することが出来ないのだろうか。

「うちだって色々あるけど役員を引き受けているんですよ。だから、彼女にも今までの経緯を含めて、きちんと説明をしてもらわないと、再選出には賛成出来ません。」と言い出した保護者が出て、もう黙って聞いてはいられなくなった。

「やりたくないとかではなく、今のご家庭の状況だと物理的に無理でありギリギリで皆さんにご迷惑をかける前に再選出をと連絡をされたのだと思うのです。それに個人的なことをなぜ皆さんの前で話す必要があるのですか?」

思わず言ってしまった。
その方は「じゃあ、あなたの家庭で引き受けたらどうですか?」と、かなりの興奮状態で返してきた。

この辺の話は日本の学校のPTAの在り方にも一部引っかかってくるような話だけれど、今回はそういうことは抜きにして、単純にすごく困っている状況の人を目の前にして、人はここまで冷酷になれるものなのかと、ある意味驚いたのだ。

それと同時に、この方のことを不憫に感じてしまった自分が居た。こういう考え方しかできないということは、自分も今までこういう経験しかしてきていないのではないかと。

懇談会の場がよくあるSNSの「炎上」の場の様になってしまった。怖かった。

わたしがオランダで子供を亡くした時、周囲の人々はなぜこんなに優しくしてくれるのか分からないくらいよくしてくれた。

何かを行動として、与えてくれた人も沢山いたのだが皆、わたし達が後から気を遣わないで良い様に手を差し伸べてくれていた。本当に「丁度いい」という言葉がしっくりとくる優しさだった。

そして誰一人として状況を尋ねてくる人は居なかった。その代わり、誰かしらが必ず毎日挨拶して、「調子はどうか?」と、わたし達のことを気に掛けてくれていた。

涙が出てしまう日もあった。そんな時は抱きしめてくれた。そして落ち着くまで肩をさすって側に居てくれた。そして軽い冗談を言ってお互い笑ったところで去っていく。

隣人の今では友人夫婦となったオランダ人は、事あるごとにお茶に招待してくれた。そして引きこもりがちなわたしやこどもを犬の散歩に同行させたり、作った料理を持って来てくれたりと、常に日常を送れる様に導いてくれていた。

ある日そのオランダ人夫婦と話していた時にわたしが「こども達の為にもオランダ語を話せるようにならないといけないね。」と言ったら、「ネイ!ネイ!(オランダ語でNOを意味する言葉)あなたは自分の為にやるのよ。これから先のこと全部、自分の為にやるの。そうじゃなきゃダメよ!」と強く言われた。

その時はこどもを失い、自分の為に何かをやって良いはずがないし、そんな資格はない!わたしはこどもの為に生きるんだと思っていたので、心に受け入れることが出来なかった。

時間が経過していく中で、隣人はわたしが自分の為に生きていないことを察していたし、わたしもずっと隣人のその言葉が胸に引っ掛かっていた。

隣人はわたしが自分を殺している姿を察する度に抱きしめたりハグして、「自分の為にやるの!」という言葉を繰り返した。

「あなたが今を生きる事に集中しなさい。」

と言われている様だった。

今日そんな日のことを思い出していたら、日本での懇談会の出来事にリンクした。彼女があの場に居なくて、本当に良かったと思ったのと同時に、自分がもし日本でこどもを失っていたら生きていられただろうかと考えた。

弱い自分を責め続け、周囲の声に心を痛め、こんな文章を書いてはいられなかったかもしれない。

あの時の彼女も、本当に日常が変わってしまい、忙しさと深い悲しみの影響で周りとの関係を遮断したのもあるだろうが、あの様な結末があることを察していたからしばらくの間、自分のところに周りの声が入って来ないようにしたのではないかと思った。

日本人は昔から察する文化を持ち、言わなくても察することができることを良しとしてきた。
でも、少なくともあの懇談会の場ではその文化はどこにも見当たらなかった。

しかしオランダに来た今、ここにはその察する文化の様なものを感じた。昔の日本を感じた。
一般的にいわれている欧米文化には察する文化はないはずだ。言わなければ分からない。それがここのルールであり、文化だ。

でも隣人は言った。
「あなた達がオランダ語が話せなくても、あなた達の気持ちや言いたいことはちゃんと分かっているから大丈夫よ。」と。

不安な気持ちや悲しい気持ちだらけのわたし達をこの言葉がどれだけ安心させたかは言うまでもない。

なぜ察する文化を古くから持つ日本人の間ではこの様な「丁度良い」優しさが感じられず、(実際には優しさが無く)オランダ人との間ではそれを感じたのか、よく考えてみた。

自他を認める社会かそうでないかの違いではないかと思った。

自分は自分、他人は他人。
だから、その人が悲しんでいるのはその人にとって悲しいことがあったからで、自分の悲しみではないけれど、その人の悲しみを尊重するのである。

察すると言うよりは、「あなたが悲しいのはどんな理由であれ、良くないから、早く元気になってね。」と言うスタンスで、全てにおいてとらえているのではないか…。そんな答えに辿り着いた。

厩戸王(うまやとおう)(聖徳太子)の憲法十七条にある、「和をもって貴(たっと)しとなす」には自由や幸福を求めるよりもチームワークを大切にと謳われていて、「明察功過」には功績も過ちも先ずは察しなさいと謳われている。

そこから織り成された文化の中で育ってきたわたし達なのに、現代の生活の中でよく耳にする言葉やお手本にされるライフスタイルには自由や正義や幸福を追求するものや、まずは自分を大切にしてこそ質の良い生活が存在するといったもの、間違ったって良いんだというキラキラした文字や言葉がそこら辺に散らばっている。

わたしも憧れる。そんな風にキラキラ輝いて生きていけたらどんな未来が待っているんだろうと。実際に実践できている人だって居たりもする。

でもハードルが高くて当たり前。だって欧米文化の考え方を背景にした例なんだから。

日本の文化を背景に持ちつつ、欧米文化の背景を持つ例をお手本としているのだから、苦しくなるのは当たり前だ。

それなのにみんなはキラキラした理想の日々や自分作りに必死になり、いつの間にか自分の心に生まれた歪にも気付けなくなってしまうのかもしれない。自分の自由や幸福を追求して察しなくても良い文化は自他を認めているから存在できるのではないか。

そこが欠けているわたし達がいくら追求しても隣の芝生が気になり一向に幸せは感じられず、結果、優しさまで奪い去り他人への攻撃という形になってしまうのではないか。

懇談会で心無い言葉を発した人々もきっと、自他を認められず苦い思いを沢山してきた、しているのかもしれない。それでもやっぱり酷い言葉には変わりはないけれど。

わたしは察することは身に付いてしまっているし、これから先も変わらないと思う。残念ながら!?厩戸王(聖徳太子)側の人間である。
キラキラライフは送れないということにもなる。

それでも今の日本人が憧れ、求めるライフスタイルを考えると、厩戸王(聖徳太子)には悪いけれど、自他を認める文化にシフトチェンジしていった方が、人も社会も優しくなれていくんじゃないかと考えずにはいられない。

本来、他人の様子から他人の立場に立って気持ちを察するというのはとても難しいことだからだ。
予測が的外れな場合だって多分にあること。それを間違いなく察するなんて至難の技だ。

自他を認める行為は自分のこと、他人のことを区別して認めるだけだ。共感したり受け入れる必要もない。それぞれの存在を認めるだけで良いのだからシンプルだ。

わたしとしては、どっちになっても良いけれど、困っている人や悲しんでいる人を目の前にした時に、その人達が今を安心して過ごせるように手を差し伸べてあげられる社会であって欲しいと願い、わたしもその一員でありたい。

わたしの頭と心の中のことに興味を持って頂き、ありがとうございます。サポート頂いたお気持ちは私を今まで支えてくれた子供と旦那、沢山やりたい事のあった息子の目になり色んなことにチャレンジするために使わせて頂きます。