若くないけど

ピアノの音がする
あ、ほんとだ
どこかの民家から流れ出してくる心地よい音色
ねえ弾いてるのはどんな人だと思う
俺は清楚な美人がいいなあ
私はおじさんだと思う
どうして俺の夢を壊すの
夢なんて壊すためにある
なんだよそれと笑いながら
私の手を握り返すあなたの手は秋に冷やされていた
お前の手ってなんでいつもあったかいの
平熱が高いのよ
それにしたってかなり風吹いてるぜ
私はそんなものには負けないってこと
へへえ頼もしい限りです
ペコリと頭を下げたあなたの後頭部に白髪が一本見えた
ああ私たちもう若くはないんだわ
何も変わっていないようで
着実に時間は可能性を奪ってゆく
あなたが葬った夢のお墓は
今もきちんとお花が供えられているかしら
私が失った色とりどりのプライドは
今でもたまに古傷のように疼く
若い頃やらかしたヤンチャの数々で
菓子折り持って謝りに行かなきゃいけない人はわんさとるけど
きっともういなくなってしまった人もいるだろう
私たちが若さを失ってゆくのと同等に
命の灯が尽きてしまった人にはどう謝ればいい
幸せになればいいんだよ
あなたの声ではっと我に返った
俺と信じられないくらい幸せになってください
それってどういう意味と尋ねる私に
察しろよバカと言いながらポケットをごそごそすると
きらめく何かが出てきた
結婚してくれって言ってんの
私の手を引き寄せて強引に指輪をはめると
もう断れねえからなと笑う顔に
笑い皴を見つけてまた切なくなる
あなたがもう若くないなら私だって同じだわ
急がなくっちゃ
早く幸せにならなくちゃ
私なんかでよければと
答える声が震えてるのがわかった
お前もそんな殊勝なこと言うんだな
今日だけよ今だけ
結婚なんて面倒だから事実婚でいいと言う私を断固拒否して
ぶーぶーいう私をあなたは役所に連行する
根っこのとこがクソ真面目なのよね
まあそこが好きなんだけど
手続きが完了して晴れて夫婦になったけど
別に何も変わらないじゃん
それでいいんだよ俺とお前は
これからもずっとこのままでいいんだ
手を繋いで帰る道すがらあなたの手は冬に凍ってた
なんでこんな時までお前の手はあったかいの
だから平熱が高いのよ
いやお前実は地球人じゃないな
さっき入籍したばかりの女が宇宙人でもかまわないの
変な人
近所でまたピアノの音色が聴こえた
あ、おじさんが弾いてる
もうおじさんでいいよ
呆れかえって私を見つめる
ねえその笑い皴嫌いじゃないわ

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