杉本くん

杉本くんが夢に出てくる
酷いいじめに遭っていた私を庇ってくれた唯一の男の子
屋上にしか居場所がなかった私の元を訪れては
貯水タンクの上で二人で黙って空を見ていた
たかが小学5年生の私たちに
愛を語り合う言葉なんてなかったから
凍えそうな雨の日も灼熱の太陽が照り付ける日も
杉本くんは私に会いに来てくれた
それがどんなに心強かったか
感謝の気持ちも伝えられないまま
私たちは別々の中学校へと進んだ
いじめに関しては余りにも腹が立っていたので
明晰な頭脳を駆使して手ひどい報復をしてやったら
翌日からみんなが私を姉さんと呼び慕うようになった
まあ単に怖かっただけだろうが
そうして杉本くんなしでも生きて行けるようになったよと
伝えたかったけど伝える術がなかった
私は彼の住所も電話番号も知らなかった
二人の間にそんなものは必要なかったから
貯水タンクの上で見上げた青空はどこまでも澄んでいて
どちらからともなく本当にどちらからともなく
一度だけ手を握った
触れ合ったのは後にも先にもその一度きり
ただその瞬間世界を驚かせるほどの光を
私たちは放っていたのだと思う
やつらが恋に堕ちるくらい
夢の中の杉本くんは大人になっていて
でもその心配そうな目元優しい口元から
確実に彼だとわかった
彼は何もしゃべらない
こちらを向いて立ってただ私を見つめている
近寄ったら彼の瞳の中に
あの日の青空を見つけられるだろうか
でもなぜか私は動けず
縮まらない距離をもどかしく思いながら
杉本くんを見つめ返してる
ねえなんで今頃になって現れたの
なんで何もしゃべってくれないの
杉本くんの影が薄くなる
切なそうな眼差しだけを残して彼は消える
そうして私は目が醒める
その繰り返しだ
私に何か悪いことが起こるから守りに来てくれてるのかな
あの日の手の温もりだけで充分なのに
綺麗だったね空
ずっと忘れない
私の小さな騎士

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