たたかう女

メイクも落とさないまま
コンタクトも外さないまま
寝てしまったことが女なら誰にでもあるだろう
そっと毛布をかけてくれる人などいない
恋に破れ仕事に追われ
泣いてる暇もないから
最後まで残っていたオフィスの電気を消すとき
誰かを弔ってる気持ちがよぎった
それが疲れ果てた自分自身だと
気づくほどもう頭は回らなかったが
終電が近い
この上まだ走れというのか
やめた
踵を返して夜の街へと深く潜った
ネオンの中を彷徨ってると
熱帯魚になった気分になる
ひらひらした服は着てないけど
自分の歩いた轍に蛍光色の線が引かれてゆくようで
静かそうなバーに入った
重い扉を押して迷い込んだ世界は
ぎりぎりまで照明が落とされ
キャンドルの灯りが揺れていた
いらっしゃいませ
少し白髪の混じったバーテンダーが
低い声で微笑む
それを聞いた途端私は自分がものすごく疲れていることに気付いて
へたり込むようにカウンターに腰かけた
ブルームーンを頂戴よくシェイクしたやつを
かしこまりました
常連にそうするように微笑を絶やさない彼に
またここに座っている未来の私を見た
出会いも別れも希望も絶望もその先にある何かも
全部見届けてまだ笑顔でいられる稀有な人
そう言ったらただの職業病ですよとまた笑うんだろう
その指使いに酔わされて何杯空けたか覚えていない
おつかれさまとは彼は言わなかった
それ以上の時間をプレゼントしてくれたから
家の玄関で寝た
目覚めると不思議なくらい脳がクリアだった
あれだけ飲んで二日酔いにならないなんて
全部夢だったんじゃなかろうか
急いで支度を済ませてまた仕事に向かう
間違ってもチョコを配り合ったりしない職場へ
上等じゃないか戦って見せる
そして力尽きたらまたあそこに行こう
またお待ちしてますと
背中で聞いたような気がするのは
御都合主義の幻か

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