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「栗の樹」と「文明の樹」 モロサカタカミ ~小林秀雄『栗の樹』を読んで~

 こんにちは! 広報の二ツ池七葉です。今回は我々が出版している雑誌『ダフネ』の執筆者を知ってもらう取り組みの一環として、小林秀雄の『栗の樹』というエッセイを読んで考えたことを各々に自由記述してもらうことにしました。
 『栗の樹』は、数にして言えば2ページ程度の短いエッセイです。小林は文学を仕事にすることの大変さを軽く嘆いた後で、妻の話を本作の中で一つ紹介しています。簡単に要約すると、島崎藤村の『家』を読んで生誕の地を懐かしく思った妻が、故郷の信州まで馴染みの栗の樹を見に行くという、ホッコリエピソードです。小林はエッセイの最後を、このように締めくくっています。
「さて、私の栗の樹は何処にあるのか。」
以下、各々による本文になります。今回はモロサカタカミが記述します。是非、一読ください。

二、三年前のことになりますが、三菱一号館美術館で開催していた「イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜」展を訪ねました。その際、レッサー・ユリィというユダヤ人画家の《夜のポツダム広場》という作品にとても興味が惹かれ、二十分ほど絵の前に立ちつくしていたことを覚えています。当時話題になったので、覚えている方もいらっしゃるかもしれません。この展覧会では、モネやセザンヌ、ゴーギャンといった巨匠たちの作品も多く展示されていましたが、私の心を最も強く掴んだのは、(当時の日本においては)無名のユリィの作品でした。この絵を見た瞬間私は、なんてさみしい絵なんだろう、これは都会のさみしさだろうと思いました。都会のさみしさというのは、光と影のコントラストの中に潜んでいます。生まれも育ちも東京の私にとって、この絵は都市の原風景として映りました。

描かれているのは淡い紺色の夜空と、傘をさして歩く都市の人々、そして画面の半分を占める濡れた路面に反射する眩しい光。不思議なことに、建物自体の光より路面の光の方が明るいのです。それとコントラストをなすように、傘をさす人々は黒く塗られており、都市に住む人々の孤独や寂しさを表現しているようです。冷たい雨が降るポツダム広場では、街の光だけが妙に明るく、人々の顔は傘や帽子に隠れて判然としませんが、帰宅の途についているのか、どこか急いでいるようにも見えます。

この絵が描かれたのは一九二〇年代のドイツ(ワイマール共和国)であり、当時の社会情勢を踏まえると、退廃的なムードを感じ取れないこともありません。第一次世界大戦で敗れたドイツは、領土の縮小や一三二〇億マルクという法外な額の賠償金を課せられ、ハイパーインフレによる経済的な問題に直面しており、都市部では映画やキャバレーといった大衆文化が栄える一方で、売春やドラッグが横行していました。この絵は当時のドイツの社会のもつ不安を、ポツダム広場というドイツの中心部の風景を切り取ることで表現しているように私には思えます。ユダヤ人である彼の眼に、復興と経済不況の間で揺れるドイツはどう映ったのでしょうか。

なぜ《夜のポツダム広場》の話をしたのかというと、「栗の樹」の最後の問いが、非常に都会人的な問いであるように私には思えたからです。「さて、私の栗の樹は何処にあるのか」、この小林秀雄の問いには、どこか寂しさが混ざっているように思います。都会人には故郷がない。いや、都会こそが故郷なのでしょう。それは移ろいやすく、確固たる地盤の無い不安定な故郷です。文明こそが自然という奇妙な逆転が、近代以降起きています。その意味で、都市の情景を描いた《夜のポツダム広場》は、私の自然であり、「栗の樹」なのです。都市の光と群衆、賑やかさの中に静寂が内包されていて、矛盾した感情が矛盾したまま提示されている。この矛盾こそ、都市が持っている唯一無二の性質であり、美しさなのではないでしょうか。

少し作品についても触れましょう。普段は文学に興味などない喜代美夫人(小林秀雄の妻)は、たまたま読んだ島崎藤村の『家』という文学作品をきっかけにして、記憶の中にあった栗の樹を、ぽっと思い出し、実際に里帰りをしました。思い出す、というと小林秀雄の代表作である「無常という事」の中に出てきた「上手に思い出すことは非常に難しい」という言葉が連想されます。ここで、喜代美夫人は「上手に思い出す」ことをしています。意図的にではなく、ふと、うっかり、偶然に、「栗の樹」が彼女の脳裏に浮かんだのです。文学的経験や知識が重要なのではありません。ぼんやりとした過去が一本の線として自分を貫いていて、あやふやな自分を支えているということ。それに気づいたことが重要なのです。

オレンジ色の街灯の光が、濡れたアスファルトの路面を優しく照らす。このエッセイを書いている最中に、塾帰りに見た光景をふと思い出しました。「文明の樹」は街のいたるところから生えていて、太いものや細いもの、人が住むための木や、仕事をするための木、電波を飛ばす木など様々で、今日も街は常にその姿を変貌させています。それを悲しいとか嬉しいとか言うつもりは毛頭ありません。ただ、いつか上手に思い出せるよう、シャッターを切るように、いま目の前に在る景色を自分の言葉で書いて残しておこう。それが現代に生きる人間の務めであるのだろう。そう、夏の終わりに思いました。『ダフネ』という苗木が、いつか「栗の樹」となることを願い、ここで筆を置きたいと思います。

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