本村が誰よりも早く動いた。悲鳴が上がった場所、扉付近まで走る。できた人混みもどんどんかき分け、中心に辿り着いた。本村に遅れること数秒。今川、西も騒ぎの中心に駆けつける。 そこには、髪も髭も伸びきった男がナイフを持った男、その男に抱えられ首元にナイフを突きつけられている男の子がいた。 「進くん!!」 進くんは泣きながら足をばたつかせ、手をとある方向に伸ばしている。その手の先には右頬を手で押さえ、座り込む華の姿があった。華の手の隙間からは血がとめどなく流れている。 「止めて
大きめの駅から電車で四十分。住宅地に囲まれている片田舎の寂しさ感じる駅に今川秀樹は降り立った。クリスマスも終わり、あとは年が終わるのを待つだけという時期。すっかりと陽が沈み、明かりといえばまばらに立つ街頭と住宅から漏れ出る明かりのみ。気温もぐっと落ちている。人の姿も見当たらない。 「やっぱり東京とは違うな」 そう呟く今川に寒風が吹く。たまらず首をすくめ、所々毛羽立つマフラーに顔を沈める。スーツの上にコートを着ているが、それでも堪える寒さだ。 ポケットのスマホが震える。西
夜道を一人歩いていた。楽しい気分はすっかり消えた。さっきの光景がずっと頭の中を駆け巡る。どう見ても、うまくいっている仲良し家族のようには見えなかった。どこかがどうしようもなくおかしかった。僕はどうすれば良かった? 自問自答を繰り返す。あの場で僕に何ができた? 僕には何もできなかった。するべきなのかもわからない。家族の問題だ。部外者である僕がそこに踏み込んでいいのか。僕はただの中学生だ。無力な存在だ。そんな僕に何が……。 そんな考えを止めたのは、スマホの着信音だ。相手は水無
夕闇迫る公園のベンチに僕は座っていた。さっきまで小学生くらいの子供たちが楽しそうに走り回っていたが、暗くなるにつれて一人、また一人と帰っていった。今は公園内に僕一人だ。 手に持っていたスマホのメッセージアプリを開き、水無さんからメッセージが来ていないか確認する。メッセージは来ていない。最後のメッセージは、さっき僕が送った「○○公園で待ってる」だ。既読はついていない。単純にスマホを開いていないのか、通知が来たことに気づいた上で既読をつけていないのか。僕にはわからない。僕にで
「よし、三十分前」 終業式を終えた夏休み初日。僕はとある駅の改札前に立っていた。 あの図書館での勉強会を経て、どうにか期末試験は乗り越えた。水無さんは平均点にはどの教科も及ばなかったものの、赤点はギリギリ免れた。 そして、今日。図書館での勉強会で約束したテスト終わりのご褒美である水族館に二人で行くのだ。 改札の前に立っているだけなのに、全力疾走直後かのような鼓動をしている。男子と女子が二人きりで水族館って、それはつまりデートでは!? 誘った時は断られたらどうしようと思
青い空の下、白い半袖Yシャツに身を包み中学校の校門をくぐる。 六月の上旬。衣替えの期間。今日は暑くなると天気予報で言っていたからか、昨日に比べて白い夏服を着ている人が圧倒的に増えた。見渡す限り、黒い冬服を着ている人は見当たらない。僕、花木通は皆が半袖になって心なしか解放感を包まれている光景が好きだった。夏がすぐそこまで近づいてきている感じが好きだった。 三階にある教室に向かっている途中、廊下の向こう側から歩いてくる国語教師の杉松先生に声をかけられた。 「おお、通。おは
あの時、死神の力を得てから72時間後、一は屋上の扉を開けた。朝とは打って変わって空は厚い雲に覆われていた。そんな灰色の空をバックにあの時の死神が変わらぬ笑顔で立っていた。 「これはこれは藤井様。お待ちしておりました。その顔、どうやら目的は達成できたようですね。なによりでございます。それでは契約通り、魂を頂戴いたします」 「ああ」 そう言いながら、一はゆっくりと死神のもとへ歩いていく。一歩一歩、ゆっくりと。 「その前に一ついいか?」 「なんでしょう?」 一は死神の
剛と健次は夜道を歩いていた。 「気を付けろよ……」 「……おう」 二人はとある分かれ道で止まる。ここからは帰り道が違うのだ。 「なにかあったらすぐに連絡しろよ。すぐに行ってあいつをボコボコにしてやるよ」 「心配し過ぎだって。何も起こらねぇよ。家もすぐそこだわ」 そう言う剛の声は少し上ずっていた。 「じゃあな、また明日」 「おう、明日な」 剛は夜道を一人で歩いていた。家まではここから5分もかからない。しかし、剛にはいつもの道が不気味に感じられた。いつもは気にな
一が目を覚ますと、そこは屋上だった。屋上の柵に寄りかかっていた。もちろん、柵の内側だ。さっき乗り越えたはずなのに。 「死神!?」 一は周りを見渡すが死神の姿は無かった。体にも特に変化は無い。まるで死神に会ったことが夢だったかのように。 「夢……だったのか……」 確かに、自殺直前に死神が現れて、復讐のために力をくれるなんてありえない話だ。滑稽で馬鹿馬鹿しい話だ。大方、自殺直前でビビッて失神して自分に都合の良い夢を見たのだろう。そんな弱い自分が本当に情けなくなってく
とある高校の四階、西側の男子トイレ。そのトイレについている小さな窓からの暖かい夕日の光が冷たいトイレ内に差す。放課後は無人であることが多いこのトイレに四人の生徒がいた。 「おい剛、こいつの財布シケてるぜ~。千円しかねぇの」 「マジかよ。隆史、ちゃんとしらべたのか~? 健次、どうする?」 「とりあえず、殴ろうぜっ!!」 健次の拳が眼鏡をかけた生徒の左頬をとらえる。鈍い音がトイレに響く。殴られた生徒の眼鏡は遠くまで飛んでいき、壁に当たって床に落ちる。レンズにはヒビが入って