「三日間の死神」第3話

 剛と健次は夜道を歩いていた。

「気を付けろよ……」
「……おう」

二人はとある分かれ道で止まる。ここからは帰り道が違うのだ。

「なにかあったらすぐに連絡しろよ。すぐに行ってあいつをボコボコにしてやるよ」
「心配し過ぎだって。何も起こらねぇよ。家もすぐそこだわ」

 そう言う剛の声は少し上ずっていた。

「じゃあな、また明日」
「おう、明日な」

 剛は夜道を一人で歩いていた。家まではここから5分もかからない。しかし、剛にはいつもの道が不気味に感じられた。いつもは気にならない街灯の点滅が気になってしまう。

「やぁ」

 剛が点滅する街灯の下を通った瞬間、赤い目をした一はそこに現れた。

 剛は飛びのき距離をとった。剛の心拍数は上がり、汗が噴き出る。

「そんなに驚かなくてもいいじゃないか」

 街灯に照らされた一は笑顔だった。

「じゃあ、始めようか」

 そう言った一の手には大鎌がいつの間にか握られていた。さっきまで手ぶらだったはずなのに。

 その大鎌を見た瞬間、剛は家に向かって走った。死に物狂いで走った。全力疾走だ。戦うという選択肢は無かった。直観で感じてしまったのだ。戦ったら確実に死ぬと。

 なんであいつが急に現れた!? さっきまで誰もいなかったはず。というか、あのでかい鎌はなんなんだ。あんな鎌持ってるなんて……まるで……。

 走りながら剛は後ろを向く。一は大鎌を持って追いかけてくる。すごいスピードで。どんどん差が縮まっていく。赤い目がどんどん近づいてくる。

 剛は前を見た。家が見える。剛は家まで残りのスタミナを絞り出し走った。ポケットから鍵を出し、素早く鍵を開け、扉を勢いよく閉める。鍵をすぐに閉めると、2階の自室まで階段を駆け上がった。家族に何か声をかけられた気がするが、剛の耳には入らなかった。

 自室の扉を閉めると、膝から崩れ落ちた。

「はぁはぁはぁ、ゲホッ。はぁはぁ……」

 鼓動はまだ早い。心臓の音がよく聞こえる。まるで心臓が耳に移動したみたいだ。全身から汗が出て、酸素不足で目の前が少し暗くなった。

 剛はスマホを取り出し、健次に電話をかける。

『どうした。大丈夫か?』

 健次は1コールで出てくれた。

「出た出た! あいつが出たんだ!! でかい鎌を持って……。ヤバい、あれはヤバい。殺される……」
『おい、一回落ち着け! 何言ってるのか分かんねぇよ!』
「ああ、悪い……」

 剛は顔を上げ、深呼吸をしようとした。

「あんなに必死で逃げなくてもいいじゃん」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

 剛が顔を上げるとそこには大鎌を持った一が当たり前のように立っていた。
剛は咄嗟に手に持っていたスマホを投げつけた。一はそれを軽くよける。

『おい、どうした! おい!』

 そんな健次の声は当然ながら剛の耳には届かない。

 健次の声がするスマホを一瞥し、一は大きめの声で言う。

「そこで聞いてるんだろ? 健次。よく聞いておけよ、大事な友達の断末魔を」

 そう言って一は大鎌を剛の首筋に当てた。腰が抜けた剛は立ち上がることができなかった。

「動くなよ」

 首筋に当たっている刃先が少しずつ首に入っていく。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 剛は足をばたつかせ必死の抵抗をした。

「ああ、もう。鬱陶しいな」

 一はばたついている剛の足を思い切り踏みつける。ボキッ。剛の足は歪な形になる。

「ぐわあああああぁぁぁぁぁぁ!!」
「もう一本いくよ」

ボキッ!

「―っがあっ!!」
『おい、剛! どうした剛!!』

 剛は抵抗する術を奪われた。

「じゃあ、続けよう」

 その後、しばらく続いた剛の叫び声はだんだんと小さくなっていった。そして最後は何も聞こえなくなった。

 剛の家族、健次が駆けつけた頃には、部屋には息を引き取った剛が静かに横たわっていただけだった。

「なぁ、ちょっとツラ貸せよ」

 翌日の朝、教室にまだ一以外誰も来ていないくらいの早い時間に声の主である健次は一の前に現れた。

「どうしたの? 今日は早いね。珍しい」
「んなことはどうでもいい。早くついてこい」

 一は顔をしかめた。健次の態度が気に入らなかったのだ。健次はもっと怖がっているものだと思っていた。体を震わせて部屋に引きこもり、学校を休むと思っていた。恐怖を刻み込んだはずだ。なのに。

 一は自分の席からおもむろに立ち上がり、前を歩く健次の後ろをついて行った。

 健次の向かった先は死神と出会った場所、屋上だった。さわやかな朝の風が吹く。そこには青空が広がっていた。

「ここなら邪魔も入らねぇだろ」

 健次は振り向いて言った。

「俺とタイマンはれよ」

 一の計画が狂っていた。一の計画では自分の家で恐怖に震えている健次の前に現れ、拘束し今までに自分がされた仕打ちを一つずつ経験させ、剛以上に怖がらせ、苦しませて殺すはずだったのに。まさか、学校に来て自ら仕掛けてくるとは思っていなかった。

 まぁ、構わない。いくら健次が粋がって自分に向かってきてもどうってことない。死神の力を持つ俺が負けるわけがない。圧倒的な実力差を見せつけて心を折ってから拷問してやればいい。

「いいよ」

 一がそう言うと同時に健次は突進してきた。勢いそのままに右の拳を一の顔面目がけてだす。その拳を一はなんなくかわす。

 一は思った。死神の力が無かったら前みたいに無様に殴られてたんだろうなと。死神の力を持った今は健次の拳が止まって見えた。昨日だってあんなに速く走れたし、暴れるあいつを簡単に制圧できた。

「こんな風になっ!!」

 一は突進してきた健次の腹部目がけて蹴りを放った。

「ぐっ!!」

 そんな汚い声と汚い液体を口からこぼしながら柵まで吹っ飛んでいった。柵に体を強く打った健次は痛みのあまりその場から動けずにいた。柵は大きく歪んでいる。

 一は醜くうずくまっている健次のもとへゆっくりと歩いていく。あまりにも動かないので死んだかとも思ったが浅い呼吸をしているようで安心した。まだ十分に苦しみを与えていない。これっぽっちで死なれたら面白味がない。

「おいおい。あんだけ息巻いてタイマン申し込んできたくせにもう終わり?」

 それに対する返事はない。

「俺が質問してるんだよ。返事をしろ! 返事を!!」

 2、3発健次を殴りつける。もちろん即死させないように手加減して。

「……」

 やはり返事はない。できないのかもしれないが。

「はぁ。もういいや」

 一は健次の首を掴み軽々と持ち上げた。健次の足が地面から離れる。一は手を柵の外側に伸ばした。健次の体は空中に放り出された状態だ。

「死ねよ」

「くっ……がっ……」

 健次は苦しそうな声を出す。いまや健次は、命綱になっている自分の首に伸びている一の腕を必死に掴むしかできない。そんな必死な健次の顔を見て一は口を歪める。

「お前、醜い顔してるな。どうだ? 今の気分は。自分より下だと思ってた人間にこけにされる気分はよ」
「そ……そんなことっ、思ってな……」
「そんな訳ねぇだろ!!」

 一は怒鳴る。

「自分より下に思ってるからいじめるんだろ!? お前は自分より強そうな奴をいじめようとするのかよ!!!」

 一の手に力がこもる。

「がっ……」

 より強く首を掴まれた健次はうめき声をあげる。

「お前たちみたいなクズが楽しい学校生活を送って、なんで俺みたいな何も悪くない人間が苦しい地獄みたいな学校生活を送らないといけないんだ……」

 どんどん一の手に力がこもっていく。健次の首の血管が浮かび上がっていく。同時に健次の顔も赤くなっていく。

「お前らみたいなクズは死ぬべきなんだ! 死んだ方が社会のためなんだ!! 俺は社会のためにお前らを殺すんだ!!!」

 みるみる健次の顔が赤く染まっていく。

「や、やめて……。やめてくれ……。助けて……くれ……」

 一は笑みを浮かべながら言う。

「お前たちは俺がそう頼んだ時にやめてくれたのか?」

 一は健次の首を掴んでいた手を放した。

 健次の体はすぐに一の視界から消えた。手を放した瞬間の健次の顔が、あの絶望した顔が一の脳裏に焼き付く。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 健次の断末魔は遠ざかっていき、ぐしゃっという汚い音と同時に止まった。

 一は柵から身を乗り出し、さっきまで健次だった肉塊を見た。見ると、一の心に後悔が芽生えた。もっと苦しめてから殺せばよかった、せめて死ぬ直前の顔を見てもっと楽しみたかったと。

「ま、いっか」

 これで俺の願いは達成された。俺を苦しめ続けたあいつらは死んだんだ。俺が殺したんだ。そう思うと笑いがこみあげてきた。

「ふふ……ふふふ。ははははは!! やった! これで俺はじゆ……」

 そう言いかけて一はやめた。数時間後に自分の身に起こる出来事を思い出したのだ。

「……」

 一はその場で少し考え、この先のことについての考えをまとめた。

「よし」

 一は何かを考えつき、教室へと歩き出した。歩く一の顔は自分をいじめてきた奴らを殺した興奮からか、数時間後に起こることへの興奮からか笑みを浮かべていた。

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