「三日間の死神」第1話

いじめを苦にして自ら死を選ぼうとしている男子高校生の前に死神が現れる。
何故か死神は男子高校生の魂と自らの死神の力譲渡の契約を持ちかける。
ただし、死神の力を使えるのは三日間。
力を手にした三日間の死神の最期の復讐劇が始まる。

 とある高校の四階、西側の男子トイレ。そのトイレについている小さな窓からの暖かい夕日の光が冷たいトイレ内に差す。放課後は無人であることが多いこのトイレに四人の生徒がいた。

「おい剛、こいつの財布シケてるぜ~。千円しかねぇの」
「マジかよ。隆史、ちゃんとしらべたのか~? 健次、どうする?」
「とりあえず、殴ろうぜっ!!」

 健次の拳が眼鏡をかけた生徒の左頬をとらえる。鈍い音がトイレに響く。殴られた生徒の眼鏡は遠くまで飛んでいき、壁に当たって床に落ちる。レンズにはヒビが入ってしまった。

「一ちゃ~ん、てめぇの家は金持ちじゃねぇのか? 昨日約束したよな? 五万持って来いってよっ! 約束破ってんじゃねぇよ!!」

 健次は殴りながら怒号をあげる。

「ご、ごめん。けど……」
「あぁ!? 言い訳までするの? そんな奴には罰が必要だな。おい、剛、隆史」

 健次は二人に顎で指示する。剛と隆史はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら殴られ膝をついている一を羽交い絞めにして、個室へと連れていく。

「やめて、やめて……」
「いいえ~。やめませ~ん。水攻めの刑で~す」
「いくよ。3、2、1。はいど~ん!!」

 便器内に頭を押しつけられもがく一の姿を見て健次、剛、隆史の3人は腹を抱えて笑っている。その笑い声はしばらくの間続いた。

 眼鏡をかけた少年、藤井一は高校の屋上に一人立っていた。柵の外側に立っていた。制服のポケットには遺書が入っている。

一は左頬に貼ってある湿布を片手でいじりながら下を見る。四階建ての校舎の屋上、決して低くなどない。飛び降りればほぼ確実に死ぬ高さだ。しかし、不思議なことに一はあまり恐怖を感じなかった。恐怖は自分の生活の安寧が脅かされるから感じる感情だ。元から生活に安寧などなければ恐怖など感じない。

 放課後ということもあり、どこからか吹奏楽部の音色や陸上部の掛け声など活気に満ちた音が聞こえてくる。

「いいよな、お前たちは幸せそうで」

 そう一言呟くと、一は大きく息を吸った。

「さて、死ぬか」

 目を閉じ、足を踏み出しながら思う。来世はどうか幸せになれますようにと。

「その自殺少々お待ちください」

 一は声のする方に目を向けた。声の主は柵の上に立っていた。

「藤井一様ですよね?」
「えっと……、君は……?」

 声の主は黒いローブを身にまとった小学校三、四年生くらいの男の子だった。髪はふわふわした茶髪で目がクリクリと大きい。日本人っぽくないかわいらしい男の子だ。しかし、見た目に反して言葉使いは大人のようである。

 男の子は軽くジャンプして柵から降りた。一が立っている外側にふわりと着地すると言った。

「申し遅れました。私は死神でございます」

 死神と名乗るその男の子は深く頭を下げた。

「死神?」
「はい、死神でございます」
「死神って、あの大きい鎌を持ってる……?」
「はい、その死神です」
「……。死神ってことは僕の魂ってやつを獲りに来たってこと?」
「はい。その通りでございます」
「そうか……。じゃあ、どうぞ」

 そう言うと、一は両手を横に広げた。

「えっと……どうぞと言いますと……?」
「どうせ今から死のうとしてたんだ。自殺も死神に魂獲られるのも変わらないよ」
「ふっ」

 その言葉を聞くと死神は笑い始めた。

「ふっ……ふふふふふふふふふ。ははっはははっはは」
「……何が可笑しい?」
「いえ……、大変失礼いたした。人間らしくないなと思いまして」

 死神は続ける。

「人間は魂、いや命に執着する生き物というのが死神界での常識でございます。自殺しようとしている人もいざ私のような死神が魂をいただこうとすると死の恐怖に慄くのでございます。それを藤井様はすぐに私が魂をいただくことを了承しました。予想外の反応で少し驚いてしまいました」
「はぁ……」

 一にとってそんなことはどうでもよかった。さっさと殺して欲しかった。死にたかった。

「あの、そんなことどうでもいいんで……」
「それにしても藤井様には未練というものが無いのですね。やりたかったことや、やり残したことが」

 死神は微笑を浮かべながら言う。

 やりたかったこと。やり残したこと。そんなの……。

「……あるよ」
「例えば?」

 死神の問いかけに一は答える。

「僕をいじめる奴らを殺したい」

 その答えを聞いた死神はニヤリと口角を上げて言う。

「良いじゃないですか! 人生は一度きりです。人生に悔いを残してはいけない!!」

 死神は一歩、一に近づいた。

「そこでなんですが、私と一つ契約を結びませんか?」
「契約?」

 一は聞き返した。

「はい。契約です」

 死神は微笑みを崩さずに言う。

「藤井様は自分をいじめてくる人たちを殺したいのでしょう? 私がそのお手伝いをさせていただきます。」
「……なんでそんなことを提案するんだ? 君にメリットがないじゃないか。そんなことをせずに今ここで僕の魂を獲ればいい」
「メリットなんていりませんよ。私は藤井様が人生に悔いを残さないようにと思っただけのことでございます。慈善事業のようなものです」
「……」

 一は疑いの目を向ける。そんなうまい話があるわけない。

「その目、藤井様は警戒心がお強いようですね。そうですね、強いてメリットを挙げるとすれば、その藤井様をいじめている方々の魂も私の手柄になるというくらいでしょうか」

 一の疑いはそれでも消えなかったが、どうせ死ぬんだと考えたらどうでもよくなった。

「その手伝いってのは具体的には何をしてくれるんだ?」
「私が持つ死神の力をお貸しいたします」
「死神の力を……?」
「ええ」

 死神は右手を横に伸ばした。瞬間、その右手には大鎌が握られていた。どこからか取り出したようには見えなかった。何もなかった空間に突如として大鎌が現れた感じだ。

「この大鎌で藤井様が殺したい人物を斬りつけてください。そうするだけで斬りつけられた人物は無条件で死にます。血は出ません。死因は人間には解明不可能なのでご安心ください。。もちろん、この大鎌は一般人には見えません。まぁ、見せたい相手にのみ見せることも可能ですがね。ともかく、あなたが殺したことは誰にもバレません。絶対に。」

 一は静かに死神の言うことを聞いていた。

「けど、そんな大鎌を持っても使いこなせない。僕をいじめてる奴らは皆ガタイがいいんだ。僕がそんな大鎌を持っても勝てない……。君が直接奴らを……」
「私が殺っても意味が無いんですよ。その人を殺したいのは藤井様、あなたでしょう。それに大丈夫です。死神は腐っても神ですよ。身体能力は人間時とは比べものにならにくらいに上昇しますよ」

 一は考えた。僕にできるのか。奴らに反撃できるのか。死神の力があっても今までと同じように殴られるだけじゃないのか。

 そんな一の様子を見て、死神は言う。

「あなたの未練はそんなものだったのですか? 思い出してください。あなたが今までに受けた仕打ちを。思い出してください。その時に感じたあなたの怒りはその程度だったのですか?」

 一は思い出した。長い間受けてきた暴力を、屈辱を、嘲笑を。

「やる。やるよ。僕はあいつらを殺す!!」

 死神はその言葉を聞くと、言った。

「流石でございます、藤井様。では、契約成立でございます」

 死神は大鎌を消し、一の頭に右手を当てた。

「そうだ。最後に注意点がございます。死神の力を使用できるのは3日間、72時間でございます。72時間後になりましたらまたこの屋上に来てくださいね」
「ああ。分かった。」

 一は目を閉じた。

「では、藤井様。人生最後の3日間をどうぞ有意義にお使いくださいませ」


第2話
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第3話
https://note.com/preview/n1839456b9710?prev_access_key=711b22d71a4febe73d4ccd8dbc933910


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